心を尽くして主に依り頼め。自分の知識にたよるな。(箴言3章5節)
一、神に従う(創世記22章1−10節)
アブラハムはこれまで、さまざまな試練の中を通ってきました。しかし神は、信仰の父となるべきアブラハムに、さらにもう一つ決定的な試練を与えられました(1、2節)。それは、彼が何よりも神を愛し、どんな事態になっても従ってくるかどうかをご覧になるためでした。長い間待ち望み、老年になってやっと与えられたイサクは、彼にとって神の全能と真実のあかしであり、ただ一人の子でした『あなたをおびただしくふやそう』(17章2節))といわれた神の契約を受け継ぐ約束の子だったのです。その子をささげよとは、アブラハムの心は激しく思い乱れたことでしょう。しかし彼は、神のことばにはどんなことであっても従う決心をしたのです。
翌朝早く、アブラハムはイサクと二人の召使いを伴い、神の言われたモリヤの地へと旅立ちました。全焼のいけにえのためのたきぎも持ちました。しかし、彼はだれにも本当の理由を告げませんでした。道々の彼の胸中は、どんなだったでしょう。
三日かかって、一行はモリヤの地に着きました。アブラハムはお供の者たちに『22章5節』を読みましょう。と言い残し、神が示された場所へと向かいました。彼には神が必 ずイサクをよみがえらせて下さるという信仰があったのでしょう。イサクがいけにえの羊について尋ねた時も『神ご自身が備えて下さるのだ』とだけ答えたのです。
二人がついに目的の場所に着き、アブラハムは石を集めて祭壇を築き、薪を並べました。
この段になってはじめて真相を知ったイサクのショックはどんなに大きかったことでしょう。青年期に達しつつあった彼にとって抵抗して逃げることは簡単でした。しかし、幼い時から、両親の神に対する全き信頼を見て育ったイサクのうちには、確固とした信仰が宿っていたのです。彼は素直に父の従いました。静かに横たわったイサクに、アブラハムは意を決して小刀を振り上げました。
二、神の備え(11ー19節)
イサクに刀を振り下ろそうとした瞬間、神は御使いによってアブラハムの手を止められました。神は殺すことを求められたのではなく、アブラハムの献身を確かめられたのでした。最愛の息子をささげる悲しみの感情に負けることなく、みこころに従った彼の信仰を、神は喜ばれました。
神はイサクの代わりの雄羊をも用意しておられたのです (13節)。彼は、すべての必要を備えて下さる神をほめたたえて、その所を『アドナイ・イルエ』(主が備えて下さる) と呼びました。
神はアブラハムに与えられた約束をもう一度、ご自身を指して誓って下さいました。こうしてアブラハムの信仰は、大きな試練を通して神のみこころにかなうものとなりました。あなたに今何かぶつかっている問題がありますか。アブラハムのように神に信頼して、みこころに従い、乗り越えていきましょう。