『きょうダビデの町で、あなた方のために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストす。』 (ルカ 2章11節)
一、主の誕生(ルカ 2章1−7節)
不思議なできごと、全世界をひっくり返すような偉大な事件が、人知れずひっそりと起ころうとしていたのです。ルカの伝の著者ルカは、この偉大なできごとを順序立てて正確に記そうと努めました。そのために、その年代を綿密に記録しています。
ルカはこの出来事が起こったのは、皇帝アウグストによる住民登録の命令がが出た時だと云います。しかも、それは『クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった』と加えています。これは年代を示す一つの手段でした。
この住民登録のために、ヨセフとマリヤはナザレからベツレヘムへと上って行かなければならなかったのです。自分たちの意志で決めたわけではありません。身重になった妻を連れて長い距離を旅行するのは大変なことです。でも皇帝の命令なので仕方がありません。こうして、預言のとおり、キリストがベツレヘムでお生まれになるのです。ミカ 5章2節を確認しましょう。
さらにマリヤが子を産んだ時『布にくるんで、飼い葉桶に寝かせた』とあります。この時、だれもこの両親と子供を歓迎しませんでした。『宿屋には彼らのいる場所がなかったのからです』という説明も含めて、救い主の到来に築いて喜ぶ人がいなかったことを示しているようです。
二、喜びの知らせ(8−14節)
貧しく、そして密かにお生まれになった救い主でした。しかし、主の誕生を知る特権を頂いて、その喜びの知らせを受け入れた人々もいました。それは、当時、社会の底辺にいた貧しい羊飼いでした。彼ら向かって御使は『きょうダビデの町で、あなた方のために救い主がおうまれになりました。この方こそ主キリストです。あなた方は、布にくるまって飼葉桶に寝ておられるみどりごを見つけます。これがあなたがたのためのしるしです』(ルカ 2章11、12節)と語ります。このしるしを、しるしとして受け止めることのできたわずかな人々、それが実に素朴で貧しい羊飼いたちだったということです。
『地の上に平和が、御心にかなう人々にあるように』と御使が歌いました。『御心にかなう人々』とは、貧しい『しるし』を自然に受け止めることのできる、へりくだった心の貧しい人たちのことではないでしょうか。
三、誕生を受け止めて(15−20節)
彼らは急いでその場所を離れ、みどりごを探し当てました。彼らが向かったのは、王宮でも立派な邸宅でもありませんでした。そんな場所でしたら、むしろ違和感すらか感じたことでしょう。彼らにとって大切なことは『主が…………知らせて下さったこの出来事』(15節)を見ることでした。
羊飼いたちは、見たままをすぐ人々に語りました。それを聞いた人々は非常に驚いたと言います。そうした単純な反応とは対照的に、マリヤはこれらのすべてを『心に納めて、思いを巡らせていた』とあります。起こっていることに戸惑いながらもじっくりと考えるマリヤだったようです。『見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだった』ということで単純に受け入れ、神をあがめる羊飼いと、じっくりと考えながら受け止めるマリヤ。こうした両者がそれぞれ神に用いられるのです。
*12月23日 一番最初のクリスマス 聖書箇所=ルカ2章1−20節
主題=私達に御子イエスを与えて下さった神をあがめ、賛美しましょう。