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(2017-05-21の週報より)

「罪のはじめ」

  

『ひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類にに広がった。』(ローマ5章12節)
 神が備えられたエデンの園に住み、その管理をゆだねられた人間は、豊かな環境で、十分に満ち足りうることのできる生活を送っていた。神のかたちに似せてつくられたアダムとエバは、人形やロボットのように作られたのではなく、自由意思を与えられ、思考と言葉とを共に選択し決定する力を祝福として与えられた。これは他の動物との大きな違いである。
 そして彼らには、神への従順のしるしとして一つの約束が与えられた。園の中央にある『善悪の知識の木』の実を食べることを禁じられたのである。神はそれを食べると『あなたは必ず死ぬ』と言われた。
一、人類最初の罪(創世記3章1−6節)
 エバは、巧妙に仕組まれた罠に嵌まった。蛇は、エバの顔色をうかがいながら『神はほんとうに言われたのですか』と、まずエバの心にささやかな疑問を抱かせたのである。
エバの答えは、半分は正しかったが、自分流の解釈と余分な言葉を付け加えることによって、神の真意から外れたものになった。『・・死ぬといけないから』蛇が、素早くその隙を突いて、『決して死にません』とまったく反対のことばでとどめを刺した。蛇はエバを、疑惑から不信へと誘い、さらに『神のようになる』と言う魅惑的なことばでそそのかして、彼女の虚栄心を刺激することによって罪を犯させたのである。
 悪魔は今日に於いても神に挑戦し続けています。魅惑的、かつ巧妙に人に近ずいて、神に背を向けさせようとする。神のみ言葉への不従順は、不従順は、不従順は重大な罪なのです。この時から、罪が人間の世界に入り、人間を支配するようになった。
二、罪の結果(創世記3章7−22節)
 罪を犯したその時、お互いに見たのものは、裸であることでった。互いに羞恥心を感じ
神のようになりたいという思いとは裏腹に、自分たちの弱さ、無価値、無力さを初めて悟った。そして、その罪が深さを恥じて神のみ顔を避け、互いに体を隠したのである。罪が深いほど、それを悟ったときの羞恥心は深い。
 ついに神との厳密な信頼関係は破綻し、自分を神とする自己中心の生き方が残った。
罪の責任転嫁をすることでアダムとエバの夫婦に関係も対立してズレが生じたのでである。
三、罪の審判(14−24節)
 アダムとエバの罪に対し、神は罪を宣告された。罪の結果、人間に死が宣告され、女には出産の時に苦しみ、男は汗を伴う労働の苦しみを与えられた。
 そして神は人間アダムとエバの罪のゆえに、誘惑者蛇と人間との間に敵意を置かれた。この時のアダムたちの罪は全人類に及んだ。アダムは全人類の代表であり、彼の罪と罰とは、全人類の上にもたらされた(ローマ5章12節)これを(原罪)と呼ぶ。
 しかし、あわれみ深い神は、救い主の訪れの予告を宣言して下さった(15節)、これを(原福音 ) と言う。こうして罪が全世界に広がったが、やがて罪の救いが、イエス・キリストによって与えられるのである(ローマ6章22節)


 

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