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(2019-02-03の週報より)

「神の祝福を奪う」

  

主題=神の祝福を奪う                    
   人間の知恵は偽りを生み、人間関係を崩壊させる。
聖句=あなたがたは、偽りを捨て、おのおのの隣人に対して真実を語りなさい。(エペソ4章25a)
聖書箇所=創世記25章27−34、27章1−45節
*同じ親から生まれても子供たちの性格があまりにも違うのにいつも驚きます。そこで、機械的に比較したり、安易に評価しないように気をつけましょう。
 同じイサクとヤコブから生まれたエソウとヤコブも、すべてにおいて対照的でした。エソウは野の人で巧みな猟師となり、ヤコブは穏やかな人で天幕に住んでいました。エソウは霊的なことには無関心で、ヤコブは長子の特権と神の祝福に執着していました。


一、長子の特権を奪う (創世記25章27−34節)


 悲劇は、エソウとヤコブの性格によって芽生え、イサクとリベカの偏愛によって決定的になりました。長子の権利を狙っていたヤコブに好機が訪れました。飢えて野から帰ったエソウが、ヤコブが煮ている物を食べさせてくれといったのです。ヤコブは、『今すぐあなたの長子の権利を売りなさい』(31節)と持ちかけ、わずかな食べ物で長子の特権を
奪い取ったのです。
 エソウは長子の特権を軽く考えていましたが、ヤコブはそれに執着していました。それで、策を巡らし、奪い取ったのです。ヤコブは人間的な知恵にたけ、大きな利益を得たと喜んだが、それはまた大きな悲劇の原因ともなったのです。
彼は、そのことには気ずかなかなかったようです。


二、神の祝福を奪う(27・1−29節)


 イスラエルにおいて、家長の祝福は神の祝福であり、すべての財産を相続する権利を与えることでもありました。それは、普通は長子に与えられました。イサクはエソウを祝福するつもりでしたが、リベカはヤコブと共に策をめぐらしてその祝福を奪い取らせたのです。ヤコブをエソウに仕立て、美味しい料理とパンを準備してイサクに与えたのです。そして、イサクはヤコブを祝福したのです。
 神の祝福を熱心に求める気持ちは分からないわけではないですが、あまりにも人間の知恵と策略の頼りすぎました。そこに、ヤコブの災いがありました。彼は父親の祝福は奪い取ることはできましたが、神によって真実に祝福された者になるためには自我が砕かれなければなりませんでした。それは、長い波乱に富んだ人生の後、ヤボクの渡しで神の人と挌闘するまで待たなければなりませんでした(32・24−28節)。


三、人の信頼を奪う(27章30ー45節)


 祝福を奪われたことを知った時、エソウは言った『彼の名がヤコブというのも、このためか。二度までも、私を押しのけてしまって、私の長子の権利を奪い取り、今また、私の祝福を奪い取ってしまった』(26節)。そして、ヤコブを恨み『父の喪の日が近ずいている。その時、弟ヤコブを殺してやろう』と心に決めました。ヤコブは、エソウの信頼を徹底的に裏切ってしまったのです。リベカは、それを知った時、ヤコブを呼び寄せ、兄ラバンのところに逃したのでした。
 リベカもヤコブも、神の祝福を得るために、人間の知恵におぼれ、その結果、その家族は崩壊するという悲劇に襲われました。人間の知恵は、どのように優れていても、それで神の祝福を得ることはできないのです。
『隣人』とは最も近い人間関係にあり、共に生きている人のことです。それは時には親と子、夫と妻、兄と弟であり、また同じ教会に属する者です。そこでまず大切なことは、偽りを捨てることで、パウロは『愛の偽りがあってはなりません。悪を憎み善に親しみなさい。(ローマ12章9節)と勧めています。ヤコブのように、人間の知恵におぼれ、策をろうするようなことは、厳しく慎まなければなりません。次に重要なことは、真実を語ることで、そのためには、相手を信頼しなければなりません。信頼があるとき、策を巡らす必要はありません。
 人間関係は難しい、とよく言われます。確かに難しく人間関係に悩まない人はいません。しかし、このパウロの言葉を理解し、その勧めによって生きるなら、どのような人間関係も必ず祝福されます。このみことばによって生きよう。
(祈りましょう)

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