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(2018-09-16の週報より)

「救い主を示す」

  

                 
   主イエスを、神の御子、救い主として人々に示す。
『見よ、世の罪を取り除く神の小羊(ヨハネ1章39節)
聖書箇所 ヨハネ1章6ー27、3章23ー30節


目標  私たちもヨハネと同じように、主イエスを救い主として周りの人々にあかしする使命を主から頂いていることを自覚しょう。
 人に注目されたいという欲求はだれにもあります。自分を認めて欲しい、褒めて欲しい、そう願うのです。しかし、ヨハネは違いました。自分ではなく、主イエスに注目が集まるように、関心が寄せられるようにと、それだけを願い続けたのです。


一、『光』についてあかしするために来たヨハネ          (1章6−27節)


(6節ー18節)『光』『ことば』と表現されているお方はどなたかわかりますか。それは、長い間、イスラエルの民が待ち望んできた、救い主イエス・キリストのことです。6−8節。ここには、ヨハネの使命が何であったか、はっきりと記されています。それはすべての人が、イエスを救い主として信じ、この方に従うように、主イエスについてあかしすることでした。ヨハネ自身、自分の使命、立場を、はっきりと知って
いました。ある時、ユダヤ人が、祭司とレビ人をヨハネのもとに遣わし『あなたはどなたですか』と尋ねさせました。あまりにも大勢の人々が、バプテスマを受けるためにヨハネのもとを訪れるので、その正体をぜひとも知りたかったのでしょう。ヨハネは何と答えたでしょう。(23節)ヨハネは人々の心をイエスに向けさせるための『声』にすぎない、と述べたのでした。パリサイ人たちは、なおも尋ねて言いました。『なぜ、あなたはバプテスマを授けているのですか』と、26、27節を読みましょう。ヨハネは、自分の授さずけるバプテスマは今だけ通用する一時のものにすぎないこと、まだ人々は気づいていないが、すでにこの世に来られ、私たちのただ中におられる救い主イエスのことを知らせることが自分の使命であること、そしてイエスに比べたら、自分の存在は取るに足りないことをはっきりと答えたのです。
 翌日、ヨハネは、イエスが自分のほうに近ずいてこられるのを見て『見よ、世の罪を取り除く神の小羊』
と言いました。これほど短いことばで、主イエスのことを正確に言い表した表現がほかにあるでしょうか。
旧約時代、イスラエルの民は、罪のいけにえとして小羊をささげました。『神の小羊』とは私たちの身代わりとして、私たちの罪を一身に背負い、十字架の死を受けてくださったイエスのお姿をそのまま言い表しています。主イエスを人々にあかしするために来たヨハネこそ、主イエスの真実のお姿を知り、深く理解していた人なのです。


二、『あの人は盛んになり私は衰えなければなりません』(3章23−30節)


 主イエスが、ユダヤでバプテスマを授けるようになられると、大勢の人々がヨハネよりもイエスのもとを訪れるようになりました。ヨハネの弟子たちもそのことに少しいらだちを感じたのでしょうか。彼らがヨハネにそのことを報告した時も、ヨハネは少しも動揺することなく、『あの方は盛んになり私は衰えなければなりません』と弟子たちを諭しています。
 私たちも、ヨハネと同じように、主イエスをあかしする使命を主から頂いています。ヨハネのように、主イエスを救い主として周りの人々に正しく紹介し、自分自身よりも主イエスが崇められることを自分の一番の願いとして生きていくならば、主は私たちの人生を意味のあるものとしてくださり、喜びと恵みで満たしてくださいます。
 

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