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(2018-04-29の週報より)

「成長を妨げるもの=罪」

  

 

主題   成長を妨げるもの=罪

   罪によって信仰の成長が妨げられないよう、日々罪を悔いてきよめられた歩みができるように気を

    つけよう。

聖書箇所 マルコ 1・1−23

     自分を清く保ちなさい.(⒈テモテ5・22c)

私たちの健全な発育を妨げるものの一つに、体の病気をあげることができます。いつも病気がちの人は、弱々しくて元気がありません。でも病気をもち自らの弱さを知っている人は、その治療方法を心得ていて自分を大切にします。しかし、また決定的に病気と診断が下されるまで『自分は大丈夫だ』と思っている人たちが多いのです。

一、罪の性質

ところで、聖書は、私たち人間がすべて重病人だと言っているのをご存知でしょうか。それを知っている

人はごく一部で、知らない人がほとんどです。しかもその病気は死に直結している恐ろしいものだと言っています。それはどんな薬や名医でも治すことのできない。霊的な病気のことです。それは、私たち人間の健全な発育を妨げている目に見えない恐ろしい病気です。しかしその症状はだれにでも明らかなもので、悪い考え、不品行、殺人、貪欲、高ぶり、などということなのですが、それが霊的戦いの結果であるとは気がついていないのです。(マルコ7章21、22参照)

 イエスは、ユダヤ人の中でも、学者、エリート、聖人と尊敬されていたパリサイ人を例に挙げ、その病気を暴いています。それは、昔の人の言い伝えである食事の前の手洗いをしなかったという訴えをした、彼らへの答弁によってなされました。

 ①聖書より人間の言い伝えばかりを重視する誤りの罪(8−13)

 ② 口先だけの信仰の罪。

 ③優越意識による手洗いの実行の罪。

 これらの三つは、神のことばではなく人間の権威ばかりを尊ぼうとする考え方から出てきたものです。

これこそが病気の症状の根本的なものだとイエスは言われます。

 

二、罪の解決

パリサイ人と言えば、選民で神を信じる代表のような人たちで、聖書を深く調べて従っている人たちなのに、どうしてこんな状態だったのでしょう。それは、聖書を直接読んで教えられ、それに感動するということがなかったからです。大切なモーセの五書を持っていても、それより先祖たちの言い伝えを大事にしていたのです。生きるよりどころを、人間の決めたものにおいた彼らは、それを神のことばに置き換えてしまっ

ていました。そして『私たちは聖書を守っている素晴らしい信仰者だ』と思い込み、信じていました。イエスはその偽善的信仰を見抜いておられたからこそ『心の汚れている者たちよ、心を洗え』と忠告されたのでしょう。

 神を信じている者でさえ陥る罪、いったいその解決方法はどこにあるのでしょうか。みことばに帰り、みことばの約束を信じることです。Ⅰヨハネ1・9を見てください。私たちが自分の罪を認め、それを告白するなら、神は真実で正しい方ですから、私たちは正しくなくてもすべてが赦されきよめられると約束されています。神の側の正しさと真実さを信じて、罪を告白し、きよめられていく毎日を送りたいものです。

(祈りましょう)

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