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(2018-04-01の週報より)

「死に勝利したイエス」

  

 主題 死に勝利したイエス        イースター      四月一日
     キリストは死にうち勝って、よみがえり、今も生きておられる。
  あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。ここにはおられません
                                   (ルカ24章5b6a)


一、墓に行った女たち(ルカ24・1−3)
 イエスの死から三日目、明け方早く、女たち、すなわちマクダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤは、準備しておいた香料を持ってイエスの墓にやって来ました。この香料をイエスの死体に塗るためです。
しかし、、入り口にあるはずの大きな石をわきに転がしてあり、中に入ってみると、イエスの体はそこにありませんでした。


二、よみがえられたイエス(ルカ24・4−8)
 主イエスの体はどこに消えてしまったのでしょう。女たちは空つぽになった墓のまえで、途方に暮れていました。すると、どうでしょう。キラキラと光り輝いた衣を着た二人の人が、女たちの近くにやって来るではありませんか。女たちは恐ろしさのあまり、顔を地面に伏せたまま上げることができません。
 この不思議な人たちは、何といったのでしょうか。(5−7)そうです。『イエスは生きている』と言いました。神の御子イエスが弟子たちに話されていたとおりになりました。つまり『多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後よみがえら』れたのです(マルコ 8・31)女たちは、
イエスの語られていたみことばを思い出しました。


三、驚く弟子たち(ルカ24・9−12 ヨハネ20・3−8)
 女たちは墓から戻ると、十一弟子とその他の人たち全部に、今体験したことの一部始終を報告しました。
「墓の中が空になっていた」、「二人の御使いが、人の子はよみがえられたと語った」そんなことが本当に起こり得るのでしょうか。女たちの報告を聞いた使徒たちは、それをたわ言、つまり、精神が狂ってしまったためのうわごととして受け止め、全く信用しませんでした。死んだはずの人がよみがえるなどということはまったく想像することもできなかったからです。
 ただ、ペテロともう『一人の弟子』ヨハネはイエスの墓の方へと走って行きました。若いヨハネはペテロより速かったので、先に墓に着きました。けれども墓の中には入らずに、体をかがめてのぞき込み、イエスのなきがらを包んだはずの亜麻布がそこに置かれているのを見つけました。やがてペテロが到着します。彼は躊躇せずに墓の中に入りました。すべてのことに積極的、行動的なペテロの性格がよく表れているシーンです。ペテロはヨハネと同じように、亜麻布があるのに気づきます。さらに離れた所に、イエスの頭に巻かれた布切れが巻かれたままになって置いてあるのも見つけました。
 その時、先に到着していたヨハネの中に入ってきます。さあ、彼は目の前の光景を見てどうしたでしょうか。(ヨハネ20・8)そうです。『見て、信じ』ました。今、何か素晴らしいことが起きているーーということをすなおに心の中に受け入れたのです。『空になった墓』は、実は、イエスが私たちのために確実によみがえってくださったこと、つまり復活をあかしするためにあったのです。
(祈りましょう)


 

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