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(2017-10-22の週報より)

「神の言葉に従う」

  

主 題  神のことばに従う  (ネヘミヤ7章72−9章5節 ピリピ4章6−9節)

   みことばを実行する人になりなさい。   (ヤコブ1章22節)
 知っていることと行うこととのの間には、天と地ほどの違いがあります。日本のクリスチャンは、聖書の研究は熱心であるが、それに従って生きようとすることには弱い、神のことばが語られた時、必ずそれに従うことが求められています。神のことばに従うところに信仰があり、また大きな変化が現れ、祝福があふれるのです。


一、神のことばが読まれた(ネヘミヤ7章72−8章7節)
 バビロンから帰って来たイスラエル民族はネヘミヤによって城壁の再建を、エズラに導かれて霊的な改革を行いました。エズラは、モーセの律法の書を『水の門の広場で、夜明けから真昼まで、男や女で理解できる人たちの前で、これを朗読した』(8章3節)。彼はまた、すべての民の前でその書を開き、その律法の書を開き、その律法を解き明かしました。
 そこから大きな宗教改革運動が起きるのですが、そこで何より重要なことは神のことばが読まれ解き明かされることです。それは今日でも同じで、神のことばが読まれ、聞く者たちに分かるように解き明かされなければなりません。その時、神のことばは生きて働き、聞く者たちに悔い改めと新しいいのちを与えるのです。


二、神のことばが理解された(ネヘミヤ8章8−12節)
 神の律法が読まれ、解き明かされたので『民は読まれたことを理解した』(8節)。彼らはネヘミヤのいったことばに、素直に従った。これは『彼らが教えられたことを理解したからである』(12節)。
 ここで『理解した』ということばが二回も繰り返し使われ、カギともなる重要な意味を持っています。
 理解したというのは、ただ知識として理解したというだけではなく、本当にわかったというのです。心の底から、すべての存在をかけて、よく分かったというのです。主体的に分かった時。初めて『分かった』ということができるのです。そのゆえに。イスラエルの民は、ネヘミヤのいったことに素直に従い『大いに喜んだ』(12節)。


三、神のことばに従った(ネヘミヤ8章13−9章5節)
 イスラエルの民は、ネヘミヤのことばに従って上等の肉を食べ、甘いぶどう酒を飲みました。また、エズラの指導に従って自分の庭や宮の庭や門の広場に、仮庵を造り、きよめの集会を守り、民を聖別し、主なる神を礼拝しました。彼らはすべてにおいて律法の書の教えに従ったのです。そこから、イスラエルの民に霊的な覚醒が起こり、生活の改革が始まったのです。神のことばに従う時、リバイバルが起こり、神の祝福があふれるようになるのです。
 使徒パウロは『あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい』(ピリピ4章9節)
と勧めています。
 みことばを実行する人になりなさい(ヤコブ1章22節)参照
 ヤコブはみことばを聞くだけではなく実行する人になりなさい、と勧めています。ヤコブの手紙は、死んだ宗教の虚しさを指摘し、行きた信仰と行いを強調しています。そのため信仰義認を強く説いたルターは、ヤコブの手紙を『わらの書簡』であるといって高く評価しませんでした。しかし、ヤコブは、決して信仰による義を否定しているのではありません。生きた信仰による行いを強く勧めているのです。
 私たちは、神のみことばを自分の力で守るのではなく、神の恵みと聖霊の力によって行うのです。神は、その力を与えてくださいます。神のみことばに従う時、神は大きな祝福を注いでくださいます。その人の生活が変わって、神のために大きな働きをし、神のために大きな働きをし、神の栄光を表すことができるのです。
 (祈りましょう)主 題  神のことばに従う  (ネヘミヤ7章72−9章5節 ピリピ4章6−9節)

  

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