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(2017-10-02の週報より)

「執り成しの祈り」

  

主題=執り成しの祈り    創世記18章16−33、  Ⅰ テモテ 2章1−7

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。
自分のことだけではなく、他人のために祈る者となりましょう。主にある兄弟姉妹たちのため、社会で苦しんでいる人たちのために、そして国や世界の指導者たちのために祈りましょう。そのように他の人のために神に祈ることを『執り成しの祈り』といいます。


 一、アブラハムに告げる(創世記18章16−22)
 ある時、三人の旅人が、アブラハムの天幕を訪れました。アブラハムは、その人たちを手厚くもてなし
ご馳走した後、ソドムの方に向かう彼らを見送るため一諸に歩いていました。実はこの三人は、、神御自身と二人の御使いだったのです。神は歩きながら、ソドムとゴモラを滅ぼす御計画をアブラハムに告げられました。
 ソドムとゴモラは道徳的に腐敗しきった町でした。(13・13)とあるとおりです。正しい方である神は、罪を悔い改めるどころか、神の前にますます傲慢になっていく人々が住むこの二つの町を裁くことになさいました。そして、いつも神に従い、神と共に歩んでいたアブラハムに、そのことを打ち明けられたのです。


二、アブラハムが繰り返す(創世18章23ー32)
 神のご計画をはっきりと悟ったアブラハムは、滅びようとする人々のために執り成しを始めました。
自分のためではなく他の人のために、時にはまだ悔い改めていない人々にために祈る祈りを『執り成しの祈り』といいます。アブラハムの祈りのことばを見てみましょう。23−25節を読んでください。
アブラハムは、いかなる時も神は公正で間違ったことをなさらないことを知っていました。悪い人を滅ぼすために、正しい人まで犠牲にしてしまう方ではないことをはっきりと信じ、正しい人が50人いるならばその人たちのために御計画を思いとどまってくださるように願い求めたのでした。その祈りが聴き入れられるとアブラハムは、はたしてソドムに50人の正しい人がいるかどうかどうか不安になりました。そこで6回も神に食い下がって、とうとう、10人正しい人がいるならその町は滅ぼさない、という約束を頂くことができたのです。


三、アブラハムに倣う(創世18章23−33、Ⅰテモテ2・1−7、)
 アブラハムの祈りの結果、神は最初の御計画を思いとどまってくださいました。しかし、ソドムとゴモラは結局は滅ぼされてしまいました。正しい人は10人どころか、おそらくロトしかいなかったのでしょう。ここで注目してほしいのは、アブラハムの祈りの力強さです。『あえて主に申し上げるのをお許し下さい』
27、31、)『どうかお怒りにならないで、私に言わせてください』(30、31、)このように、神と交渉しているかのような強い祈りができたのは、神が正しい方であると同時に愛の方であって、すべての人になんとか滅びないで救われてほしいと望んでおられることをアブラハムがしっかりとつかんでいたからです。
 (Ⅰテモテ2・1−7)神は私たちにも、アブラハムのように人のために、特にまだ神を信じていない人のために祈ることを望んでおられます。それは神の御心にかなう祈りですから、喜んで受け入れてくださるのです。私たちの祈りを振り返ってみましょう。『私』ということばが何度出てくるでしょう。自分のことばかり祈るのではなく、まず私たちにとって身近な家族や友人、特にまだ神を知らない人々のために祈ることです。神はその願いを喜んで聴き入れてくださるだけではなく、2節にあるように、私たちをも豊かな祝福をもって報いてくださるのです。
(祈りましょう)

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