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(2017-02-26の週報より)

「アクラとプリスキラ 」

  

 第二回伝道旅行の時,パウロはアテネからコリントに行き、アクラとプリスキラというユダヤ人夫婦に出会いました。彼らは、起源49年に出されたクラウデヤ帝によるユダヤ人追放によって,ローマから来ていたのです。歴史家スエトニユウスによると、それはクレトスによるユダヤ騒動による追放です。クレストスと言うのはキリストの事で、彼らはすでにキリスト教徒であったと思われます。

一、パウロと共に働く(使徒16章2−6章)                                       『パウロは二人のところに行き自分も同業者であったので、その家に住んでいっしょに仕事をした』 パウロは、コリントに着くとすぐ,ユダヤ人クリスチャンである二人を捜し出して尋ねました.パウロは彼らと同業者であったと言われていますが『彼らの職業は天幕作りであった』。山羊の皮をなめしたり羊毛で織ったり布で天幕を作る仕事です。

 天幕作りは,パウロの本職ではなく、ラビ学徒たちはすべて、修学時代にそのような仕事を身につけるのが常でした。そこでパウロも天幕作りが出来たのでしょう.彼らは、天幕作りをしながら,共に伝道しました。

二、パウロと共に旅をする(使徒18章18−23節)                                    パウロは一年半を超えるコリント伝道を終るとエルサレムへの岐路に着く。その時『プリスキラとアクラも同行した』。彼らはパウロを尊敬し、共に生活しただけではなく,共に旅する事にしました。彼らはケンクレヤを出航し,エーゲ海を渡って,エペソに着きました。

 エペソでは、パウロはいつものように,安息日にユダヤ人の会堂で伝道しました。その結果は順調で、人々はもっと長くとどまって伝道するように要請しました。しかし,過ぎ越しの祭りに間に会うように,エルサレムへの旅を急がなければならなかったので、アクラとプリスキラを牧会のため似残してその働きを続けさせました。彼らは、その後訪れたアポロに『神の道をもっと正確にー説明したた』26節、パウロから学んだ事がその時役に立ちました。

三、パウロと共に生きる(ローマ16章3、4節)                                     パウロはローマ書の中で『自分のいのちの危険を冒して私のいのちを守ってくれた』と云って、二人に深く感謝しています。第3回伝道旅行の時、パウロは再びエペソに来て,大胆に福音を宣べ伝えました。その時銀細工人デメテリオの扇動によって大騒ぎが起こり

ガイオとアリスタルコが捕らえられました。パウロは,彼らを助けようと群衆の中に飛び込んでいこうとしましたが『弟子たちがそうさせなかった』おそらく、この時、アクラとプリスキラは自分たちの生命の危険を顧みず、パウロを助けたのでしょう。彼らは,パウロと共に生きる者でした.異邦人のすべての教会は彼らを彼らを尊敬していました。また彼らは自分たちの家庭を解放して集会をしていました。

 

 

 

 

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