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(2010-08-15の週報より)

「ニコデモの訪問」

  

人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。(ヨハネ3章3節)

I tell you the truth. no one can see the kingdom of God unless he is bon again.(John 3:3 )

     New International Version.

 

一、夜の訪問者(ヨハネ3章1、2節)

 新約時代の主要なグループに、パリサイ派とサドカイ派があります。パリサイ派の最大の特徴は 厳格な律法主義で、律法を厳格に解釈し、実行しようとしました。また、彼らは、先祖たちの言い伝えに従って聖書を解釈するとともに、律法を新しい状況に適 応するために、昔からの言い伝えに新しい条件のもとで解釈も付け加えたので、守るべきことは膨大な数になりました。

パリサイ人は多くの場 合、イエスに敵意を抱く偽善的な宗教家として描かれていますがその中にも、ニコデモのようにイエスの人格と新しい教えに関心を抱く人がいました。ニコデモ はユダヤ人の議会であるサンへドリンの議員でもありました。彼は、厳格に律法を守ってもなを満たされない心の渇きを感じていたのでしょう。夜の間に訪れた のも、立場上人目を避けるためと同時に、昼間は群衆に囲まれているイエスから、個人的に教えを受けたいと願ってのことであったかも知れません。


二、新しく生まれなければ(ヨハネ3章2−8節)

  ニコデモはまず、イエスの教えと御業をたたえ、いかに自分が感銘を受けているかを伝えました。『先生 (ラビ)』という礼儀正しい呼びかけには、ユダヤ人教師として対等に議論し合うことを望む自負も含まれます。『新しく生まれなければ、神の国を見ることは できません』というイエスの答えは唐突に思われますが、ニコデモの訪問の意図を察知した適切な応対でした。しかしながらニコデモは、律法の知識はあって も、イエスが言われた霊的新生について正しく理解できませんでした。

 新改訳聖書の欄外注にあるように『新しく』(3、7節)は『上から』 とも訳せることばで、救いが人間の行ないによるものではなく、御霊による神の業であることを示します(6節)。イエスは当然『あなたがたに新しい心を与 え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける』エゼキエルの預言を意識しておられたに違いありません(エゼキエル36章25ー27節参照)。
『水と御霊によって生まれる』とは、聖霊の導きによって罪を悔い改め、主イエスを救い主と信じて水のバプテスマを受けるという信仰の過程を表します。イエスはニコデモに、霊的領域の存在を理解させようとされたのです。


三、霊的新生(ヨハネ3章9ー15節)

  イエスはイスラエルの民の荒野での体験に言及し、人が新しく生まれるための唯一の方法として、天から下った人の子が十字架に上げられ、罪の贖いのために死 なれること、それを信じる者が、人の子にあって永遠のいのち(来たるべき世に属するまったく新しい質のいのち) をもつことができるという神のご計画をニコデモに語られました。

ニコデモの応答については聖書は記していませんが、後にイエスを非難する仲間のパリサイ人に抗議したこと(ヨハネ7章50、51)、イエスを手厚く葬ったこと(ヨハネ19章39節)などから、新生の恵みを受けた者と思われます。

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