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(2011-01-02の週報より)

「安息日の主」

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『人の子は、安息日の主です』(ルカ6章5節)

And he said unto them, The Son of man is lord of the sabbath.(Luke 6 : 5 )

 

一、 安息日とは
 今日の聖書箇所は『ある安息日に』ということばから始まっています。『安息』とは心配や苦しみがなくて静かに休むという 意味のことばです。ですから、安息日というのは安心して静かに休む日のことです。神がこの世界をおつくりになった時、六日間で世界とすべての生き物と人間 をつくり、七日目にお休みになったのが、安息日の始まりです
(創世記2章1−3節)。神が人間に下さった十戒の中でも、安息日は仕事を休み、聖なる日としなさいと命じられています(出エジプト20章8ー11節)。安息日は、仕事を休んで神様を礼拝する特別な日なのです。
 けれど、主イエスの時代,安息日は色々なきまりができていました。安息日には仕事をしてはならないという神の命令に加えて、人がたくさんの細かい決まりを作ったため,安息日はしてはならないことが色々ある、窮屈な日になっていました。


二、イエス様と安息日㈰(ルカ6章1−5節)
  主イエスと弟子たちが、ある日に麦畑を通りました。弟子たちはおなかがぺこぺこだったので、麦を摘んで食べていました。それを見ていたのが、パリサイ人と 呼ばれる人たちです。昔からのさまざまなきまりを守ることにとても熱心な人々でした『麦を摘むのは、安息日にしてはならないことです。なぜそんなことをす るのですか』と、パリサイ人たちはイエス様を責めました
 3−5節を読みましょう。主イエスは『わたしは安息日の主です』とおっしゃいました。ご自分が人間の決めた決まりに縛られないお方であることを宣言なさったのです。


三、イエス様と安息日㈪(ルカ6章6ー11節)
 さて、別の安息日のことです。イエス様が会堂で人々に話しておられると、その中に右手が動かない人がいました。会堂には、パリサイ人や聖書を教える律法学者たちもいて,もしイエスがその人を治したら『安息日に仕事をした』と訴えるつもりで待ちかまえていました。
  パリサイ人たちの心をちゃんとわかっておられたイエス様は、右手の動かない人を皆の前に立たせました。9,10節を読みましょう。イエス様は『安息日は神 様を礼拝する日です。神を礼拝する日だからこそ、人のためによいことをするべきではありませんか。安息日のきまりにとらわれて人を助けないのは、悪を行な うことではないのですか』とおっしゃいました。
 イエスは、きまりでがんじがらめに縛られた安息日ではなく、本当の意味での安息日を大切になさっ たのです。本当の安息日は、ゆったりと休んで神様を礼拝する日、喜びと感謝と安らぎの中で過ごす日です。イエス様は『安息日の主』ですから、私たちに本当 の『安息』を与えて下さいます。今の私たちは、日曜日を神を礼拝する聖日として守っています。皆さんは、日曜日をどんなふうに過ごしていますか。イエス様 がなさったように、喜びと感謝と安らぎの中で神を礼拝しほかの人とも楽しく過ごす日曜だといいですね。神に喜ばれる本当の聖日を守れるよう、祈りましょ う。

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