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(2011-01-23の週報より)

「嵐を静める」

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『風も水も、お命じになれば従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろう』  

(ルカ8章25節)

And he said unto them, Where is your faith? And being afraid they marvelled, saying one to another, Who then is this, that he commandeth even the winds and the water, and they obey him?( Luke 8 : 25 )  American Standard Version

 

一、あらしに見舞われる(マルコ4章35ー37節)
 イエスは弟子たちとよくガリラヤ湖を舟で渡られました。ガリラヤ湖は,四方を山で囲ま れており、その山から吹き下ろす冷たい空気が湖上で湖面からの暖かい空気とぶつかって、激しい突風が引き起こすことが今でもしばしばあります。イエスと弟 子たちを乗せた舟が湖を渡った時、その『激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水でいっぱいになった』(37節)。まさに舟が沈みそうになったのです。
  このような突風に見舞われることは、私たちの人生において、しばしば経験することです。平穏な生活が急変して激しい試練に見舞われ、生活の土台を揺り動か されることがあります。子供たちも、子供たちなりに不登校や受験の失敗などで、そのような試練に見舞われます。現代日本の社会は、子供たちにとっても、大 人にとっても、生きにくいあらしのような環境です。

二、あらしの中で眠っておられた主イエス(マルコ4章38節)
 驚くことに、弟 子たちが皆あわてふためいている中で『イエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた』このイエスのお姿をどう見るか。困ったと見るか、頼もしいと 見るか、弟子たちは、明らかに困ったと見て、イエスを起こし『私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか』と、まるでイエスを非難する口ぶ りです。あらしに揺れる舟の中で眠っているいるイエスのお姿を見て、だれが頼もしいと思うだろうか、このイエスと共にいるならば、決して舟は沈むことがな い。そのように信じて、あらしのように揺れる心が静まり、平安に満たされるという経験を弟子たちが (そして私たちが ) するようにと、イエスは切に願って、いや祈っておられるのです。でも、まだこの時、弟子たちは『信仰がないのは、どうしたことです』(40節)と言われな ければならない状態でした。

三,あらしを静め、揺るぎのない平安を与えるイエス(マルコ4章39ー41節)
 不信仰な弟子たちを責 めることをなさらず、イエスは起き上がると風を叱りつけ、荒れる湖に『黙れ、静まれ』と言われました。その権威ある一言によって、瞬時に風はやみ、あらし は静まりました。このように自然を支配する力をお持ちのイエスは、死に打ち勝って復活されたお方にほかなりません。
 十字架につけられて死に、墓 に葬られたイエス。それは嵐のなかで、枕をして眠っておられるイエス (父なる神に全福の信頼をこめて) 眠っておられるイエス。このイエスを、父なる神は溢れるばかりの愛を注いで起き上がらせ、死者の中からよみがえらせてくださいました。そのように死者の中 から復活させられたお方として、イエスは、どんなあらしも静めてくださいます。人生のあらしの根源となる罪を無条件にゆるし、大なぎのように、揺るぎのな い平安を与えてくださるのです。

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