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(2018-11-04の週報より)

「神にゆだねたダビデ」

  

主題   神にゆだねたダビデ (神のさばきにゆだねる。)
聖句  『悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。(ローマ12章21節)


目標  理不尽な状況でも、すべてを正しくさばいてくださる主にゆだねましょう。
聖書個所 Ⅰサムエル24、26章

一、エンゲテイの洞穴(Ⅰサムエル24、26章)


 イスラエルの英雄でありながらサウルに疎まれたダビデは、逃亡生活を続けます。日々命を狙われる危険を感じながら生活をすることは、どれほどダビデを苦しめたことでしょう。
 ある時、ダビデはその部下たち(逃亡中にダビデのもとに来て仲間となった)がエン・ゲテイの洞穴に身を潜めていました。すると、なんと三千人の精鋭を引き連れてダビデを捜していたサウルが、用を足そうとその洞穴に入ってきたのです。ダビデの部下は、今こそサウルを討つべきだ、神が導いてくださったのだとダビデに言いました。それに応えるように、ダビデは立ち上がりました。ところが、ダビデはサウルに襲いかかるどころか、彼の上着に裾を切り取っただけでした。ダビデの部下たちは『それだけ?』と思ったかもしれません。しかしダビデは、それだけでも胸を痛めました。どうしてでしょうか。主が王として選んだ方を自分がかってに王位から退けることなどできない。それは主の逆らうことだからだ、というのです。ダビデは、サウルをお選びになった神を恐れ、自分で復讐することも部下に手を下させることもせず、かえって部下を説き伏せました。このようなダビデの姿勢に、部下たちは何を教えられたでしょうか。 


二、過ちを認めるサウル(24章8−22節)


 サウルが洞穴から出ていくと、ダビデは後ろからサウルを呼び、ひれ伏し、礼をしました。それは、自分に敵意がないこと、サウルを王として認めていることを表すものでした。そして何より、切り取ったサウルの上着の裾がそのことを証明しました。ダビデは、ソウルを殺すこともできたのに、自分はそうしなかったと訴えます。そして、ソウルの不条理な仕打ちを主ご自身が正しくさばき、自分を正しくさばき、自分を救ってくださるようにと、すべてを神にゆだねました。
 サウルはダビデのことばに心を打たれ、泣きながら自分の罪を認めました。ダビデの王位を認め、子孫の安全を願うサウルに、ダビデはそのようにすると約束しました。ダビデは、サウルの悪に善をもって答えたのです。


三、ハキラの丘で(25章)


 ところが、サウルのダビデに対する殺意は消えていませんでした。ダビデがハキラの丘にいると聞くと、サウルはダビデのもとに向かい、近くに陣営を張りました。そのことを知ったダビデは、部下のアビシャイと二人で、夜中にサウルのテントに忍び込みました。兵士たちも眠っていて、サウルを殺すには絶好の機会です。しかしここでも、ダビデはサウルに手を下さず、主にすべてをゆだねました。ダビデはサウルの枕元にあった槍と水差しをもち帰りました。12節に『主が彼らを深い眠りに陥れられた』とあるように、これらのことを導いておられたのは、主ご自身でした。主はダビデの正しさと誠実な態度を通して、サウルを悔い改めに招いておられたのかもしれません。
 23、24節を読みましょう。主は、一人一人の正しさと真実に報いて下さるお方です。サウルに追われ、打ち取るチャンスを目の前にしながらも、主の主権に従ったダビデに倣う者となりましょう。
(祈りましょう)

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