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(2017-10-08の週報より)

「聖書は神の言葉」

  

 聖書は神のことばである。(Ⅱテモテ3・14−17、)

  聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために
     有益です。                  (Ⅱテモテ3・16、)
 聖書は、単なる歴史的な書物であるのか、それとも神のことばであるのか古くから論じられてきたテーマです。聖書は歴史の中で書かれてきましたが、また神からのメッセージです。
 聖書は誤りのない神のことばであり、信仰と生活の唯一の規範です。と信じるのが聖書信仰です。


一、聖書はすべて、神の霊感によって書かれた。(Ⅱテモテ3 ・16節)
『聖書は神の霊感によるもので』といわれています。神の霊感とは、神の霊の息吹きのことです。神が著者
たちをその御霊の感動によって導き、書かせられたのです。もちろん、著者たちはそれぞれの歴史的状況の中で、個性と思想を十分いかしながら書いたのですが、本質的には神の御霊に導かれて書いたのです。
 その結果、聖書には、誤りがなく、歴史と民族を超えて、変わることのない真理です。読めば読むほど、新しい真理が、あたかも私のために書かれているかのように迫ってきます。また、聖書は世界のすべての人々読まれ、永遠のベストセラーとなりました。それは、神の霊感によって書かれた神のことばであり、永遠に変わることのない真理であるからです。


二、聖書はキリストによる救いを与える(15節)
 聖書は、人生における知恵と教訓の書である以上に、すべてに人にキリストによる救いを与えるものです。
『聖書は知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受け入れさせることができるのです』
聖書は人間の姿を鏡のように写し、キリストの人格と十字架を示し、信仰による救いを力強く教えています。
聖霊に導かれて読む時、私たちはそれらに目が開かれ、キリストを信じて救われるのです。ここで『知恵を与えて』といわれているのは、聖書が私たちに私たちに与えるもので、それによって霊的な目が開かれ、キリストを信じることことができるようになるのです。


三、聖書は生活の唯一の基準です。(16、17節)
 聖書は、キリストよる救いを与えるだけではなく、キリストによる霊的成長のために有益です。『教えと戒めと矯正と義との訓練のために有益で』と言われているとうりです。ここでいう『教え』とは、教理的教えというより、むしろ生活との実際的な教えのことです。つまり、続いて『戒めと矯正と義の訓練』といわれているように、キリストを信じる者をきよめ訓練するものです。
 聖書は、神の人をよい働きのために整えるため有益です。キリストによって救われた者は、キリストによって成長するだけではなく、キリストのため働かなければなりません。そのために、私たちは、聖書を規則正しく読み、それによって自らの魂をきよめて生活を整えていくのです。パウロは『だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるなら、その人は尊いことに使われる器となります』(2・22)と勧めているが、まさにそのとうりです。
 聖書は、私たちの生活の指針であり、社会の光です。
 

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