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(2016-11-06の週報より)

「聖書は神にことばです」

  

聖書は神の霊感によるもので、教えと慰めと矯正と義の訓練とのために有益です。(Ⅱテモテ3章16節)
 聖書は、単なる歴史的な書物であるのか、それとも神のことばであるのか、古くから論じられてきたテーマです。聖書は歴史の中で書かれてきたが、同時にまた神からのメッセージです。聖書は誤りのない神のことばであり、信仰と生活の唯一の規範です。と信じるのが聖書信仰です。


一、聖書は神の霊感によって書かれた。(16節)
『聖書は神の霊感によるもの』とある。とあります。神の霊感とは、神の息吹です。神が著者たちをその御霊の感動によって導き、書かせられたのです。もちろん著者たちをそれぞれの歴史的状況の中で、個性と思想を十分に生かしながらかいたのですが、本質的には神の御霊に導かれて書いたのです。
 その結果、聖書は誤りがなく、歴史と民族を超えて変わることのない真理であります。
読めば読むほどに新しい真理が、あたかも私のために書かれているかのように迫ってくるのです。また、世界のすべての人々に読まれ、永遠のベストセラーとなった。それは、髪の霊感によって書かれた神の言葉であり、永遠に変わることのない真理だからです。


二、聖書は、キリストによる救いを与える(15節)
 聖書は、人生における知恵と教訓との書である以上に、すべての人にキリストによる救いを与えるものです。『聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです』
 聖書は、人間の姿を鏡のように映し、キリストの人格と十字架を示し、信仰による救いを力強く教えています。聖書に導かれて読む時、私たちの目は開かれキリストを信じて救われる。ここで『知恵を与えて』と言われているのは聖霊が私たちに与えるもので、それによって霊的な目がひらかれ、キリストを信じることができるようになるのです。


三、聖書は生活の唯一の基準である(16、17節)
 聖書は、キリストによる救いを与えるだけではなく、キリストによる霊的成長にために有益です『教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益で』あるといわれている通りです。
ここでいう『教え』とは教理的な教えというより、むしろ生活上の実際的な教えのことです。つまり、続いて『戒めと矯正と義の訓練」といわれているように、キリストを信じる者をきよめ訓練するものです。
 聖書は、神の人を良い働きのために整えるために有益である。キリストによって救われた者は、キリストによって生長するだけではなく、キリストのために働かなければなりません。そのために、私たちは、聖書を毎日規則正しく読み、それによって自らの魂をきよめ、生活を整えていくのです。パウロは『だれでも自分自身をきよめて、これらのことを離れるならその人は尊いことに使われる器となります。(2章21節) と勧めていますが、まさに、そのとうりです。聖書は、私たちの生活の指針であり、社会を照らす光です。
 

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