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(2016-09-12の週報より)

「家族伝道」

  

主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。』使徒16章31節


一、イエスによって救われる(マルコ5章1−5節)
 弟子たちはガリラヤ湖を横切る舟の上でイエスの偉大な権威を目のあたりにしました。主がお命じになると風や湖の波が静まるという不思議な経験をしたのです。そうした驚きも冷めやらぬ間に、対岸のゲラサ人の地に上陸しました。
 そこに、汚れた霊につかれた人がイエスに会いに来ました。何のために来たのでしょうか。癒されたいという思いで来たとは書かれていません。彼は墓場に住んで、じぶんの身を傷つけたり、叫んだりして手のつけられないようなありさまでした。マタイ伝には二人の人とあります(マタイ8: 28節)。たった二人の救いのためにイエスはここまで来たのでしょうか。

二、主イエスの権威(6ー13節)
 この人は、イエスのところへ駆け寄ってきて拝み『いと高き神の子、イエス様』と呼びかけています。これは非常に興味深いことです。悪霊ですらキリストのことをよく知っていて、その権威を認めているのです。つまり、信仰というのは、神の存在を知るとか、救い主であると認めるだけでは足りないということです。大切なのは、イエスを信じて、心から喜んでイエスに従う生活をしているかどうかです (ヤコブ2章19節 参照)。そして、確かに悪霊は『どうか私を苦しめないでください』と言います。悪霊にとってキリストは、自分の気ままな生活を脅かし、自分を煩わせる存在であるということです。
 この悪霊をイエスは十分な権威をもって追放されました。悪霊は、一人の人間の人格を破壊しようとしましたが、その目的を達成することができませんでした。それで豚の大群に乗り移らせてほしいと許可を願いました。こうして人を通してできなかった破壊の目的を豚を通してなしました。
 この悪霊に憑かれた人は、多重人格者だったかもしれません。主が名前を尋ねるとレギオン(大勢)という名であると答えました。しかし、豚に乗り移ったという事実から考えると、現代の、多重人格者ではなさそうです。悪霊は、豚に乗り移りながら結果的にはキリストの権威の下で、闇へ下っていきました。こうして、この悪霊に憑かれた人は正気に戻り、神の恵みを受けました。

三、主の命令(14−20節)
 しかし、この出来事の全てを傍観していた人々がいました。彼らは、キリストの権威と不思議な力に対して非常に驚き、また恐ろしくなりました。しかも、当時の大部分の人々の反応は、それによってキリストに近づくということではなく、むしろ、この地方から離れてほしいというものでした。つまり、悪霊を追い出すという不思議なしるしによってサタンの業が止められたにもかかわらず、人が神を信じるということにはならなかったのです。
 また、この悪霊に憑かれた人はキリストの弟子となってお供をしたいと願いました。このような奇跡を体験者を伝道に伴うことは、特別な「効果」があると考える人がいるかも知れません。
でもかれは、彼をよく知ってる家族の所に戻り、そこで神から受けた『あわれみ』を語るようにと命じられました。家族への小さな伝道の業が始まりでした。しかし、そのことによって主を退けたこのデカポリスの地方に福音が広められることになりました。

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