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(2016-09-03の週報より)

「個人伝道」

  

 みことばを宣べ伝えなさい。時がよくても悪くてもしっかりやりなさい。(Ⅱテモテ4章2節)


一、御霊に導かれて(使徒8章26−29節)
 イエスが天にお帰りになってしばらくすると、エルサレム教会に対するユダヤ人の激しい迫害が起こりました。それで、はからずも最初のクリスチャンたちはユダヤやサマリヤに散らされ、しかし、そこで伝道しました。不思議な導きです。その中にピリポという人がいました。彼がサマリヤで伝道すると、大勢の人が信仰をもちました。それで使徒たちもやってきて本格的なサマリヤ伝道がなされました。
 こうしたおりに、ピリポにまた新しい使命が与えられました。御使いが、ガザの道に行けと言うのです。今度はたった一人の人物への重大な使命でした。その人はエチオピヤ人で、社会的な地位のある人です。異邦人でしたが、神を信じており、エルサレムへの巡礼から馬車で帰宅するところでした。彼は熱心にイザヤ書を読んでいました。


二、福音を語る(30−35節)
 ピリポは、御霊に促されるままに馬車に近づきましたが、特別にどう語ろうか決めていたわけではなさそうです。聖書を読む声が聞こえてきます。しかも不思議なことに、キリストを預言しておよそ700年前に記された、あのイザヤ書を読んでいるではありませんか。そこでピリポは『読んでいることが、わかりますか』と声をかけました。
 そのエチオピヤ人は導く人を求めていました。そして心が聖書のみことばに乾いていました。彼が読んでいた聖書の箇所には、イエスが黙って十字架の死へと向かわれるという一番大切な出来事が記されていました。32、33節を読みましょう。
 今度は、エチオピヤ人のほうから問いかけます。『預言者は誰について、こう言っているのですか』そこでピリポはこのみことばから始めて、イエスについて語りました。導かれるままに語ったのです。


三、信仰に導かれて(36−40節)
 エチオピヤ人の心は既に神に備えられていたので、素直にみことばを受け入れました。ピリポが特別に招く必要もありませんでした。ごく自然にみことばを理解し、ごく自然に信仰をもちました。そしてこれも不思議なタイミングです。馬車は水のある所にやってきました。彼は、自分からバプテスマを受けたいと願いでました。信じるだけではなく、バプテスマの必要も感じたのです。そこで二人は水の中に下りていき、ピリポはエチオピヤ人にバプテスマを授けました。こうしてこの時のピリポの使命は終わりました。
 伝道するというのは、まさにこの時のピリポのような働きです。今日も神は私たちを導いて、誰かの所へ遣わされます。自然な形で福音を語る機会が与えられ、そして神の救いの御業を見させていただくことがあるはずです。私たちが人を救うのでも、信仰を無理や
押し付けるということでもありません。それはごく自然になされる神の御業です。
祈りつつ、みことばに養われて、いつでも主のお役にたてるように備えたいものです。

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