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(2016-07-16の週報より)

「ダビデととヨナタン」

  

『ダビデはその行く所、どこでも勝利を収めた。主が彼とともにおられた』(Ⅰサムエル18章14節)


一、ヨナタンとの友情(Ⅰサムエル17章1ー4節)
 サウルの子で、王子であったヨナタンは、ダビデを自分自身のように愛し、一生変わらない友情を誓いました。ゴリヤテに勝利したダビデの信仰者としての姿や、自分の父サウル王と話す彼の人柄に、心惹かれたのでしょう。それは、ヨナタンもまた、神を信じる誠実な人だったからです。こうして二人は、共に神を見上げる仲間として、友情を築いていきました。
 人の内側から溢れ出る心の美しさや、どんなときでも神を信じて信頼するクリスチャンの揺るがない姿は、人の心を引きつける魅力をもっています。お互いを愛するダビデやヨナタンのように、神を見上げ、思いやる友情を築いて行きたいものです。


二、サウルの妬み(18章5ー19章10節)
 ゴリヤテを倒し、ペリシテ軍との戦いに勝利して帰ってきたイスラエル軍の兵士たちを、民は喜んで迎えました。しかし『サウルは千を打ち、ダビデは万打った』という女たちの歌を聞いたサウルは、人々の人気を集めてるダビデを妬むようになりました。そして王位を脅かす者としてダビデを疑い、命を狙うようにまでなったのです。ある時は、自分のため琴を弾くダビデに槍を投げつけました。それが失敗すると、ダビデを千人隊長に昇格させ、ペリシテ人との戦いの前戦に送りました。また、ダビデを愛する自分の娘まで利用して、ダビデが戦死するように企てました。ところが、計画はことごとく裏目に出ます。ダビデはいつも大勝利を収め、ますます人々の尊敬を集めてしまうのです。18章12、14、28ー29節。主がダビデと共におられたことが繰り返し記されています。これがすべての戦いで勝利し、ダビデの命が守られた要因でした。そして、神がダビデと共にいることがはっきりすればするほど、サウルはダビデを恐れました。
 やがてサウルは、ダビデへの殺意を周囲に明らかにし始めました。ヨナタンはダビデとサウル王の間を取り持とうと努力しましたが、王の殺意は変わらず、ダビデはサウルのもとを去って逃亡者となりました。


三、ヨナタンとの別れ(20章)
 ヨナタンはサウル王の息子であり、ダビデの親友でもあるという立場でとてもつらい気持ちだったでしょう。しかし、ヨナタンはダビデの味方として尽くしました (12ー23節) ヨナタンは、彼を頼ってやって来たダビデに、新月祭の場を利用してサウルの真意を確認し、ダビデを安全に逃がす計画を提案しました。そして、ヨナタンとその子孫に恵みを施すという契約を交わし、新月祭を迎えました(30ー42節)。新月祭でサウルの殺意が明らかになると、ヨナタンは自分の心配より、ダビデのために心を痛めました。そして翌朝、打ち合わせどおりダビデを無事に逃がしました。ダビデとヨナタンとの別れのシーンは胸を打ちます。ヨナタンは別れ際に以前交わした誓いをもう一度確認しました。
 やがて王となったダビデは、ヨナタンの息子メフイボシェテを自分の息子のように迎え、誓いを果たしました(Ⅱサムエル9章1ー7節)。


* 新月の祭り=(月の最初の日は、前の月の罪を贖うための生け贄をささげる聖日で、
 (民数記10章10節)休日であり、安息日と並ぶ礼拝の日だったエゼキエル46章1)

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