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(2016-01-24の週報より)

「私に従ってきなさい。」

  

私に従ってきなさい。(ヨハネ1章43節)
一、アンデレとヨハネ(ヨハネ1章35ー40節)
 イエスの最初の弟子となったアンデレとヨハネは、バプテスマのヨハネの弟子でした。
ある日、バプテスマのヨハネがイエスのことを『神の子羊』と呼ぶのを聞いて、二人の弟子は興味を持ちました。そして、イエスと話をしょうとついて行ったのです。(35ー37節)
イエスは、アンデレとヨハネが、単なる好奇心でついてきたのではなく、イエスの教えや働きについて真剣に理解したいと願っていることを知り、泊まっている部屋に二人を快く迎え入れました (38,39節)。3人はさまざまなことを語り合ったに違いありません。そして、アンデレとヨハネは、この数時間の間に、イエスに心をとらえられ、イエスの弟子となる決心をしたのです。


二、ペテロ(41、42節)
 いったい彼らは、イエスのどこに引かれたのでしょう。その秘密は、41節のアンデレのことば『私たちはメシヤに会った』に見ることができます。アンデレは、イエスがメシヤ、つまり救い主であることを確信したのです。早速、兄弟ペテロにもこの喜びを伝え、ペテロをイエスの所に連れてきました。そしてペテロもまた、イエスをメシヤとして信じ従いました。


三、ピリポとナタナエル(43ー51節)
 さて、その次の日、ピリポがイエスの弟子に加わりました。アンデレやペテロと同じ町に住んでいたピリポは (44節)、おそらくイエスについて聞いたことがあったに違いありません。イエスを一目見て、自分も教えを受けたいと思ったのでしょう。しかし、ピリポがもっと確かな決意をもって従ったことは、ナタナエルを誘ったことばから知ることができます。(45節参照)。アンデレがペテロに語ったことばよりずっと具体的です。つまり、ピリポが、旧約聖書の知識に基づいて、イエスが預言されたメシヤ、私たちの救い主、神の子であるとしっかり受け止めていたことがわかります。ですから、イエスを自分の目で確かめるとすぐに、この方こそ、自分が教えを受け従うべき御方であると確信し、イエスの招きに単純に応じたのです。
 ピリポは、半信半疑で気が乗らないナタナエルに『来て、まず見て下さい』という説得力のあることばをかけます。ナタナエルもピリポのように、旧約聖書をよく学んでいた人でした。そして、イエスに会って話した時、ピリポと同じように、この方こそ神の子であり、従うべき方であることを確信しました (49節)。
 5人の最初の弟子たちは、イエスの招きに単純に従いました。それは、彼らが、旧約聖書の知識に基づいて、イエスをメシヤとして理解したからです。今の私たちは、聖書を通して、イエスが救い主であることを知ることが出来ます。そしてイエスは、私たちにも同じように『私に従ってきなさい』と招かれるのです。私に従ってきなさい。(ヨハネ1章43節)

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