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(2015-09-27の週報より)

「祈り」

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 神よ。私はあなたを呼び求めました。あなたは私に答えてくださるからです。
耳を傾けて、私の申し上げることを聞いて下さい。(詩篇17篇6節)


一、主から死を告げられた(Ⅱ列王20章1)
 二十五歳でユダの王となったヒゼキヤは、神の前に悪行のかぎりを尽くしていた父親の
アハズとは異なり、神に固く信頼し、心から従う人でした。『彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった』(18章5節) と記されているほどです。ヒゼキヤは神のことばに従い、偶像を次々に破壊し、荒れ果てていた主の宮をきれいにしました。また、異教の神々への礼拝を強要してきた大国アッシリヤに対し、主が必ず勝たせて下さるとの信頼をもって、果敢に戦いを挑みました。ところが、アッシリヤの圧迫によって国が危機ににあるただ中で、ヒゼキヤは重い病に倒れてしまったのです。病床の中で気をもむヒゼキヤのもとにイザヤが訪れ、神のことばを伝えました。『あなたの家を整理しなさい。あなたは死ぬ。治らない』神のみこころに従い、神のためにすべてのことをおこなってきたヒゼキヤにとって、この突然の死の宣告はとうてい納得することのできないものでした。

二、主に訴えて祈った(Ⅱ列王20章2、3節)
 ヒゼキヤはイザヤに背を向け、涙をもって神に訴えました。3節を見てください。この祈りの意味は、自分がこれだけ正しいことを行ってきたのだから病気を治していただくのが当然です、ということではありません。ヒゼキヤの切なる祈りは、偶像崇拝の国アッシリヤから主の民を守るという、神から与えられた大切な任務を、なぜ全うさせて下さらないのですか。というものでした。神のみこころを果たすという使命感をしっかりと持って
生きていたヒゼキヤは、自分が生き永らえること神のこころにかなうということをはっきりと確信して、大胆に病気をいやしてくださるよう祈ったのです。

三、主が祈りに応えられた(Ⅱ列王20章4節、Ⅱコリント12章7−9節)
 すると、イザヤがヒゼキヤの宮殿の中庭を出ないうちに、神は答えられました。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙を見た。見よ。わたしはあなたをいやす』(5節)
ヒゼキヤは、もう15年生きることを許され、アッシリヤの手からエルサレムを守ってくださる約束をいただきました。神が何故ヒゼキヤに死の宣告されたのか、また何故その直後に癒やしてくださったのか、その理由は示されていません。しかし確実なことは、神が素直に信頼して祈る者には必ず応えてくださると言うことです。
 実はパウロも、ヒゼキヤと同じように自分の病気を癒やしてくださるよう、熱心に祈り求めました。Ⅱコリント12章7−9節を読みましょう「三度も祈った」とは、繰り返し祈ったという意味です。パウロはヒゼキヤと異なり、病気は癒やされませんでした。しかし、神は確かにその祈りを聴き、
パウロの心に、自分の弱さを通して神の力が完全に表される、という深い納得を与えられたのです。パウロは病気のままでいることにより、信仰がさらに深められ、神のためにより素晴らしい働きをすることができたのです。ヒゼキヤ、そしてパウロのように、信頼をもって心から祈るならば、どのよう 神よ。私はあなたを呼び求めました。あなたは私に答えてくださるからです。
耳を傾けて、私の申し上げることを聞いて下さい。    
                             

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