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(2015-07-19の週報より)

「聖霊の実*」

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もし私たちが御霊によって生きるなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。 (ガラテヤ5章25節)
一、御霊の実(ガラテヤ5章16ー24節)
 私たちが生きているのには目的があります。あなたはそれが何だと思いますか。たとえば、農業の人がトマトの苗を植えて、一生懸命に肥料をやったり、消毒したりしたとします。でも結局、葉ばかり茂って実を結ばなければどうでしょう。引き抜いて捨ててしまうかも知れません。それと同じように、私たちの人生がいくら楽しかったり、面白かったりしたとしても、本当の実を結ばないなら、無駄な人生になってしまうのです。
 では、私たちが結ばなければならない実とはどんな実なのでしょうか。それがこの箇所で学ぼうとしている『御霊の実』なのです。まず、16ー21節では『肉の行い」ということが述べられています。『肉」というのは、神に従わない自分勝手な生き方をする性質のことをさしています。そういう生き方は御霊の導きに逆らっており、19−21節に書いてあるようにいろいろな罪の行動をもたらします。神を知らない人々は、罪の生活の方が楽しいと思ったり、正しいとさえ思っています。けれども、それは葉ばかりのトマトのように実を結びません。なぜなら、21節の後半に書いてあるように、そういう人は天国に入れないからです。これに対して22,23節には『御霊の実』が何であるかが具体的に示されています。ここには九つの実が挙げられていますが、これらはすべて、神を信じる人の心の中に神が結ばせて下さるものです。


二、勧め(25、26節)
 それでは、どうしたら御霊の実を結ぶことができるのでしょうか。それは、私たちが御霊によって導かれて生活するとは、具体的にはどういう生活なのでしょうか。この問題をもの少し詳しく学んでみましょう。
 第一に、聖書のみことばに従うことです。あなたの心にいつもみことばがあるならば、御霊はみことばを通して働き、あなたの歩みを導いて下さいます。御霊に導かれるために、次に大切なのことは、祈りの力です。祈る時、御霊が働き、肉の欲望に打ち勝つ力を与えて下さいます。さらに、御霊の実をを結ぶためには、私たちの側の意思と決断が必要です。
 以上のように、私たちがみことばを蓄え、祈りによって力をいただき、みことばに従う時、私たちは御霊に導かれて生活していると言うことができます。そして、御霊ご自身が私たちに御霊の実を結ばせて下さるのです。

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