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(2015-03-29の週報より)

「十字架上の祈りⅡ」

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 神は唯一です。また神と人との間の仲介者も唯一であって、それは 
  人としてのキリスト・イエスです。 (Ⅰテモテ2章5節)

 一、ヨハネ19章26節「女の方。そこにあなたの息子がいます。』

     27章27節『そこに、あなたの母がいます。』(三番目)
  ヨハネは、兵士たちによる、主イエスの着物のためのくじ引きの後、犯罪人の記事を
 省略し、処刑に立ち会っている四人の婦人を紹介して主イエスの
 言葉を取り上げます。『女の方』という呼びかけは(カナの婚礼2章4節)の際の言葉
 とともに、母マリヤに向けられた言葉です。人の子としての発言内容ですが、同時にこ
 の呼びかけは神の子としての立場と自覚においてなされている、と理解することができ
 ます。
  地上における母と子としての関係がまもなく絶たれようとしています。母との別れ
 の時が近づく中で、主イエスは愛する弟子を指名し、自分に代わって地上に残される母
 の世話をする役目を託し、そのようにして人の子としての役目と役割を全うしようとし
 ています。地上における人の子としての責任とともに、他方、神の国への希望を見つめ
 る在り方をこの言葉からくみ取ることが出来ます。

 二、『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ』(マルコ15章33−34節)(四番目)
   イエスの十字架上の苦しみは肉体的なものである以上に、神に見捨てられるという
 精神的・霊的なものでした。すべての人の罪を背負ってまったく罪人と等しくなられた
 イエスは、現実に神から見捨てられたのです。昼間だというのに全地が暗くなって三時
 間にも及んだ(33節)。この異常現象は、イエスの精神的・霊的苦痛の深刻さを表して
 います。『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ』(33節) はイエスが十字架上で語られ
 た七つのことばのうち、その苦悩を表した代表な叫びです。これは詩編22篇の冒頭に
 ある叫びで、日ごろイエスが愛唱されていたのかもしれません。神にも見捨てられる孤
 独を味わい、それに耐えながらなお『わが神、わが神』と呼びかけ、訴え続けておらます。
 詩篇22篇は、その先で『主に感謝せよ……主をあがめよ……まことに、主は悩む者の
 悩みをさげすむことなく、いとうことなく……彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくだ
 さった』(23,24節) と歌う。そのようにイエスも、神が聞いてくださることを確信して、
 この苦悩を耐え抜かれたのです。

 三、『わたしは渇く』(ヨハネ19章28節)(五番目)
  ヨハネは、主イエスが「すべてのことが完了したのを知って」この発言をされたと、
 と記します。十字架上における罪の贖いと勝利の御業が完成された直後に、主イエスは
 『渇く』と言われます。今や救いの御業が神の御力によって完成したことを、預言が成
 就したこととして主イエスはこの言葉を述べられたのです。

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