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(2015-03-08の週報より)

「不当な裁判」

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 キリストは罪を犯したことがなく、その口には何の偽りも見いだされませんでした。(1ペテロ2章22節)
 ゲッセマネの園で捕らえられたイエスは夜を徹して行われた裁判を受けられした。ユダヤ人指導者たちが、過ぎ越しの祭の前にすべてのことを終わらせておきたかったからです
 そのうえ、当時のイスラエルはローマ帝国の支配下にあり、首都エルサレムは、ローマから派遣された地方総督似よって統治されていた。死刑判決は、この地方総督だけが下せることになっていた。そのため、イエスの裁判は、ユダヤ人側とローマ帝国側の双方によって一晩のうちに幾度となく行われました。


一、たらい回しの裁判(マタイ26章57−27章31節)
 イエスの裁判は、四福音書を総合すると合計6回行われたようです。第一回目は、
その年の大祭司カヤパの姑であり元の大祭司として陰の実力者でした。アンナスのところの予備審問(ヨハネ18章)。第二、第三目は、カヤパ率いるサンヘドリンよる夜と朝と二回の審議。ユダヤ人にとっては、これが本物の裁判であった。第四回目は、ピラトののもとでの裁判、第五回目はヘロデ•アンテパス(ガリラヤ地方の領主)もとでの茶番めいた尋問 (ルカ23章)。そして第六回目が、再びピラトのもとでの最終尋問である。ローマ帝国側にしてみれば、これが本物の裁判でした。
 形式上は裁判の手続きを綿密に踏んだことになるが、いっさいが夜更けから翌朝のかけて行われたことは異常な事態であり、憎しみが人間をいかに熱心にさせるかの醜い実例です。


二、矛盾する訴え(26章57−75節)
 裁判は最初から、イエスを死刑にしたいという意図をもって行われた。罪状は、イエスが自分を神の子メシヤと主張して神を冒涜したということでしたが、証人たちの証言は互いに矛盾していて確実な証拠にはならなりませんでした。
 そこで、大祭司カヤパが直接尋問した。『あなたは神の子キリストなのか』(63節)
イエスは『あなたの言うとおりです』とお答えになった(64節)マルコの福音書を見ると
イエはさらに『わたしは、それです』とお答えておられます(14章62節)。このことばは
『エゴー•エイミ』という語で、神がご自分を紹介なさる時にお用いになる『わたしはある」と言う表現であり(出3章14節)イエスご自身、しばしば用いられました。(ヨハネ8章58節)


三、不当な死刑判決(27章1−31節)
 イエスがご自身を神の子メシヤとお認めになったと言うことは、ユダヤ人の宗教的問題であって、ローマ帝国側の関心事ではなかった。しかし、死刑判決を地方総督からもらわなければ目的を達成できない大祭司側は、政治的解放者としてのメシヤを全面に出しクーデターを企む謀反分子としてメシヤ像を全面に出し、クーデターを企む謀反分子として、
イエスを総督のもとに回しました。地方総督ピラトは、イエスが訴えられるような人物でないこと、この裁判には真実より憎しみやねたみが優先していることがわかったが、ユダヤ人の反感を恐れて死刑判決をした。
 たらい回しの裁判で、イエスがお認めになった事はただ一つ、ご自身がメシヤ(キリスト)であられることだけでした。

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