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(2015-02-01の週報より)

「ライ病人のいやし」

  

 

 主に感謝し、御名をほめたたえよ。(詩篇100編4節)

 イエスは、エルサレム上る途中で通過したある村で10人のライ病人を癒されました。

「サマリヤとガリラヤの境」とあるが,問題はその位置ではなく、むしろ「その境にある村」であることに意味があります。つまり、ユダヤ人とサマリヤ人がともに住んでいた村でのできごとです。

一、病人の願い11−13節)

当時、ライ病人は少なくはありませんでした。治療困難な病であるだけではなく、彼らは,社会的にも宗教的にも隔離されていました。そこで、イエスに出会った時も「遠く離れた所に立って声を張り上げて」お願いしています。彼らは、病気で苦しみ,社会的に差別され,絶望の中で生きて行かなければならなかったのです。それだけに,イエスにお会いした時,大きな期待を持ってお願いしたのでしょう。

彼らは『イエスさま、先生、どうぞあわれんでください』と,叫んでお願いしました。イエスのうわさを聞き,その方が誰であるかを知っていたからです。必ずいやされると信じ,叫んでお願いしたのです。

二、病人のいやし(14節)

 彼らの叫びを聞いて,イエスは云われました『行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい』5章13節では、イエスは、手を伸ばして彼に触り「私の心だ。きよくなれ」と言われた。ここでは、ライ病人の配慮にこたえ、また彼らが行く途中でいやされるために、直接触れることなく直しておられます。

『行きなさい』と言われたことばは,イエスの確信とともに,行く途中でいやされることの意味です。

さらに『自分を祭司に見せなさい』と言って、レビ記の定めにも言及しておられます。それは,彼らの社会復帰の為に大切な手続きであり、イエスの行き届いた配慮を見ることが出来ます。ここで『祭司』

は『自分たちの祭司』と複数形で言われています。それぞれが属している祭司たちに見せるように言われたのでしょう。イエスは,ライ病をいやされただけではなく、彼らの社会復帰にも心を砕いておられたのです。

三、病人の感謝(15−19節)

 彼らは,祭司たちのところに行く途中,いやされた。彼らのうち一人は、自分がいやされたことを知ると,神をほめたたえながら引き返し,イエスの足元にひれ伏して感謝しました。ほかの者たちは

祭司に見せたあと、それぞれの生活に戻ったようです。問題は,その一人がサマリヤ人で,残りの者たちは。ユダヤ人であったことです。そこでイエスは『十人いやされたのではないか。九人はどこにいるのか。神をあがめるために戻ってきた者は,この外国人のほかには、だれもいないのか』と言われています。

 イエスは、しばしば、ローマの百人隊長や(ルカ17章1−10節)、良きサマリヤ人(1029−37)

のように、ユダヤ人ではなく異邦人に真実の信仰と愛とがあることを強調しておられます。ここでも、ただ一人のサマリヤ人が神をほめたたえ、イエスの感謝したのでした。そしてイエスは彼に『あなたの信仰が,あなたを直したのです』と言われたのです。(19節)

 

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