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(2015-01-11の週報より)

「タリタクミ」

  

恐れないで、ただ信じなさい。(マルコ5章36b節)
 一、娘を治してください(マルコ5章21−24節)
 イエスはガリラヤ湖の東岸から舟で向こう岸に渡られました。すると大勢の人々がイエスのうわさを聞き、イエスを一目見ようと集まって来ました。そこにヤイロという会堂管理者が来て『娘を助けて下さい』と懇願しました。会堂管理者というのは、専門教師ラビではないが、会堂における集会と運営のすべての責任を担っている者で、民衆から信頼されていました。彼は、自分の地位も名誉もすべてかなぐり捨てて、イエスの足元にひれ伏して懇願したのです。 『どうか、おいでくださって、娘の上に手を置いてやってください。娘が直って、助かるようにしてください』( 23節)手を置くことは、神の力と祝福を伝える方法と考えられていました。いずれにしても、彼は娘を愛し娘がいやされるように必死にお願いしたのです。

二、娘は死んだ(35、36節)
 マルコは、ここで12年長血を患っていた女のいやしのできごとを挿入しています。それはマルコの編集ではなく、現実のことであったのでしょう。そのために多くの時間がとられたので、会堂管理者の家から人がやってきて『あなたのお嬢さんはなくなりました。なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう』と告げました。
 さて、イエスはそのことを聞いた時『恐れないで、ただ信じなさい』と言われました。もちろん、ヤイロの娘はすでに死んでしまっていることはよく知っておられたが、またこれからしようとしておられることもご存知だったかです。ただ病気を治すだけではなく、死人を生き返らそうとしておられたのです。そのことによって、イエスは死さえも支配しているメシヤであることを、人々に示すためでした。

三、娘よ、起きなさい(37ー43節)
 イエスは、3人の弟子たちを連れて、会堂管理者の家に着かれました。人々は、取り乱し、泣いたり、わめいたり、していました。イエスは言われました。『なぜ取り乱して、泣くのですか。子どもは死んだのではない。眠っているのです』それを聞いて『人々はイエスをあざ笑った』悲しみの中にあっても、人は理解を超えたことを聞くと、あざ笑ってしまうのです。
 さて、イエスは少女の手をとって『タリタ・クミ』と言われました。『少女よ。あなたに言う。起きなさい』という意味です。すると、彼女はたちまち起きて、歩き出した。彼女は完全に死からよみがえり、歩きだしたのです。当然のことながら、それを見ていた者たちは、非常な驚きに襲われました。死者がよみがえるということは、見たことも、聞いたこともないからです。そのことによって、イエスは、ご自身が死を支配すること、神から遣わされたメシヤ(救い主) であることを表されたのです。

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