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(2014-12-14の週報より)

「まことの光が世に来た」

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その名をイエスと名づけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救って
くださる方です。(マタイ1章 21節)

 クリスマスの意味を、今週は『闇 (人の罪ゆえの苦しみ・痛み) から私たちを救い出すためにおいでくださった、光であられるイエス・キリスト』という点から見ていくことにします。

一、光が世に来る(ヨハネ?章9−13節)
 ヨハネの福音書は、光そのものではなく、光についてあかしするために来たバプテスマのヨハネの紹介に続いて、その当の光であられるお方の紹介へと進む。
『まことの光』であられるイエスと『世』と表現される私たちとの関係は三段階ある。
 第一に、世はこの方によってつくられた。私たちは本来神のものであり、神は私たちの王・所有者・導き手であられます。
 しかし、第二に、世は自分の罪のゆえに、この方を認めることを拒否したのです。
 さらにしかし、第三に、この方を信じた者たちには神の子供とされる特権が与えられる。それは、信じる者自身の功績ではなく、神の恵みとご計画によることなのです。

二、人の苦しみ(マタイ1章 18、19節)
 光によって罪の闇に光が投じられたことは、マタイ1章のヨセフに対する告知にも見ることができます。
 ヨセフと婚約者マリヤはどちらも信仰深い人でした。しかしこの二人の間に、マリヤが正当な結婚によってではなく誤った男女関係によって妊娠したのではないか、と疑いが生じ、緊張が走りました。これは、罪ある社会ではしばしば見受けられることです。ヨセフは、マリヤに関してはありえないことと思いつつも、マリヤが罪を犯したことを前提にして、けれどもマリヤを愛していたので、律法に示された神の基準を満たしつつ、同時にマリヤを窮地から救い出す道はないかと苦悶しました。
 結果的に、マリヤにはこの点に関してはいかなる罪もなかったことが明らかになるが、ヨセフは一時は戸惑い、悩みました。

三、神による解決(マタイ?章20−25節)
 ヨセフの苦しみを救ったのは、御使によって告げられた事実でした。その事実とは、神が旧約以来のご計画に基づき、罪の闇にさまよう人を救うために、マリヤを特別に選び、聖霊によってマリヤの胎内に救い主を宿らせたということです。
 ヨセフの心に、一筋の明確な光が投じられ、すべてを理解し、進むべき道が明らかになりました。
 神のみ心を素直に受け入れるヨセフとマリヤそれぞれの決断によって、救い主を世に遣わすという神のご計画は確かに実現するものとなりました。
 神は勿論、神のご計画を受け入れるよう信仰深い二人をお選びになったのですが、当事者の側に立って考えれば、この二人こそ、世に来られた光である救い主イエスを、文字どおり自分たちのうちに「受け入れた」(ヨハネ?章12節)最初の人となったのです。


* 主題=キリストは、私たちを罪から救うためにおいでくださった。

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