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(2011-02-20の週報より)

「生き返ったラザロ」

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 わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きます。                      (ヨハネ11章25節)



 

一、ラザロは死んで四日もたっていた(ヨハネ11章1?22節) 
 ベタニヤのマルタとマリヤ姉妹のことがルカ10章38節以下に出てきま すが、姉妹にはラザロという弟がいました。彼らをイエスは『愛しておられた』(5節)。そのラザロが重い病気であると知らされても、すぐにはベタニヤに向 かわず『もう一度ユダヤに行こう』と言ってベタニヤに着いた時は、死後四日もたっていました(17節)。ラザロの死は厳然たる事実でした。イエスを迎えに 出たマルタとマリヤは、無念そうに『主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに』と異口同音に言いました(21、32節)息 を引き取る前なら助かっても,死んで四日もたったのではどうしょうもない、と思ったのも無理からぬことです。

二、『わたしは、よみがえりです。いのちです』(ヨハネ11章23ー27節)
  イエスは、マルタに向かって『あなたの兄弟はよみがえります』と言われた (23節)。彼女が『今でも私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、神はあなたにお与えになります』(22節)  と言ったので、それに答えて特にイエスが言われたのです。さらにマルタは『私は,終りの日のよみがえりの時に,彼がよみがえることを知っておりま す』(24節) と答えますが、それは彼女の信仰が教理的知識だけで (頭だけ) のものであったことを示しています。
 彼女の頭だけの信仰に挑 戦するかのように、イエスは『わたしは、よみがえりです。いのちですかわたしを信じる者は死んでも生きるのです………このことを信じますか』と言われます (25、26節)。このことばを語られているのは、十字架に死んで葬られたが、三日目に死者の中からよみがえって、今も生きておられる (復活の主、いのちの主) です。復活のイエスのいのちは死を征服したいのち、まさに『死んでも生きるいのちです』この『いのち』を、あなたは信じますか!

三、イエスが流された涙の秘密(28ー46節)
  泣き悲しむマリヤを見て、イエスも『涙を流された』(35節)。そして『霊の憤りを覚えながら』墓に来ると、入り口の石を取りのけるように命じ、ためらう マルタに『もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る』と言って、ラザロを生き返らせてくださいました (38ー44節)。イエスが流された深い同情の涙には、死からいのちを取り戻して、神の栄光を表さずにはおかない決意と力が溢れています『よみがえりであ りいのちである』 お方として、イエスは、御自らの死をもって、死からいいます。のちを取り戻して、死からいのちを取り戻してくださる。そのイエスが流さ れる涙は、信じる者に罪のゆるしと永遠のいのちを与え、『神の栄光を見る』ようにさせる恵みと愛の力を無限に秘めて秘めています。

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