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(2014-09-29の週報より)

「ナザレの教会」

  

 あなた方の中では、だれでも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。(ヘブル3章12節)

一、安息日の礼拝(ルカ4章16章ー21節)
 皆さんは、イエスの時代の礼拝の順序や内容がどんなであったのか興味ありませんか。この箇所から、当時の礼拝の様子をほんの少し知ることができます。
 イエスは人々からラビ、教師と認められていました。聖書を朗読しようとしたイエスは、手渡されたイザヤ書から朗読しました。18、19節を読んでください。その主な内容は、貧しい者に福音が伝えられ、捕らわれ人が開放され、目の見えない人の目が開かれ、苦しめられている人々が自由にされるということです。朗読が終わると、イエスは着席して説教を始めました。人々は耳を傾けて聞きました。イエスの説教は、聖書では省略され最初の部分だけが、記されています。人々はそれを聞いて驚きました。今聞いたばかりの聖書のみことばが『きょう、実現しました』と言われたからです。

二、故郷の人々の反応(ルカ4章22ー27節)
 人々の反応は22せつにありますが後半では全く違っています。初めはイエスの説教をほめたのに、すぐ熱が冷めてしまいました。ナザレはイエスの故郷であり、人々はイエスを幼い頃からよく知っていたからです。そして言いました。『ほら、この人はあの大工の息子じゃないか、小さい時に道でよく遊んでいたあの子ではないか』別のことばで言うなら『この人も普通の人間ではないか』と言って、救い主であるイエスを拒否したのです。
 イエスの説教の内容は『罪からの救い』でした。しかし、人々が待ち望んでいたのは、当時のユダヤを支配していたローマ帝国からの開放してくれる救い主でした。自分たちが不幸なのは、ローマ帝国のせいだと思っていたからです。主イエスは『捕われ人が開放される』という聖書のみことばが『きょう、実現しました』と言われました。でも、ローマの支配のままでした。イエスは、罪からの開放を語っておられたのです。

三、イエスを拒絶する人々(ルカ4章28ー30節)
 イエスのことばを聞いていた人々はひどく怒り、イエスを町の外に追い出し、崖から突き落として殺そうとしました。しかしイエスは、人々の真ん中を通って町を去って行かれました。
 何故それはど怒ったのでしょう。貧しい者であり、捕らわれ人であり、目の見えない人であると言われたからです。人々は病気が治ること、ローマ帝国から自由になることを望みました。しかし罪からの開放を拒否したのです。自分たちの心が病気であり、心の目が見えず、罪に捕らえられている罪の奴隷であることを認めたくなかったからです。
 故郷の人々は、そのような救い主を拒絶しました。そのため、福音はユダヤ人から、異邦人に出て行きました。
 聖書の話の一部分だけを喜んでも、キリストを救い主として受け入れないなら、イエスの故郷の人々と似ています。それはイエスをただの人と言っているのと同じだからです。

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