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(2014-07-20の週報より)

「ラザロ生き返り」

  

わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。             (ヨハネ11章25節)
一、ラザロの病気(ヨハネ11章1ー16節)
 エルサレムから東に3キロほど離れたベタニヤ村に、マルタ・マリヤ・ラザロの三人の兄弟が住んでいました。イエスは、この兄弟ととても親しくしておられたようです。迫害を避けてヨルダン川の東岸に滞在中のイエスのもとに『ラザロが病気なのですぐに来ていただきたい』という知らせが伝えられました。
 マルタとマリヤは、ラザロの病気を治すためにイエスがすぐ駆けつけてくださることを期待していたことでしょう。しかしイエスは、すぐには出発されませんでした。四節を読みましょう。イエスは『ラザロの病気は死ぬようなものではない』と言われたのでしょうか。いいえ、イエスはラザロの死を予期しておられました (14、15節)。『ラザロの死によって、神の栄光が現される』と言われたのです。
 二日後に、イエスがラザロの家に行こうとされた時、イエスの身を案じる弟子たちは反対しました (8節)。しかしイエスは、ご自分の計画どおりに行動されます。いえすは、どんな場合でも、父なる神から与えられた目的を達成するために行動されたのです。

二、『あなたの兄弟はよみがえる』(17ー37節)
 ラザロが死んで四日もたってからイエスは、ベタニヤに着かれました。期待を裏切られたマルタとマリヤのことばを読みましょう (21節。32節)。イエスがマルタに『あなたの兄弟はよみがえります』と言われた時のマルタのことばも『あなたが教えてくださったように、終わりの日にラザロがよみがえることを信じています (ヨハネ 5章28、29節)。でも「私はラザロを生かしておきたかったのですよ」という恨み言のように聞こえませんか
マルタは、イエスのことばの本当の意味を理解できていなかったのです。
 マルタの信仰をより明確にするために、イエスが言われたことを読みましょう。  (25、26節)。マルタは、『主よ。私は、貴方が世に来られる神の子キリストである、と信じております』素直に信仰告白をしています。

三、『ラザロよ。出てきなさい』(38ー45節)
 当時は、人が死ぬと一週間、特に女の人たちが墓の前で嘆き悲しむ習慣がありました。イエスは、それをご覧になって心を揺さぶられ、涙を流されました (33、35節)。居合わせた人々の二通りの反応を見ましょう (36、37節)。
 イエスは『墓の入口をふさいでいる石を取りのけなさい』と言われました。それから、父なる神に祈られました。福音書の記者たちは、たびたび、イエスが祈られたことを記録しています。イエスが大声で『ラザロよ。出てきなさい』と叫ばれると、死んで四日もたち、とうに腐っていたはずのラザロが布で巻かれたまま出てきました。
 イエスが人々の前でこの奇跡を行われた目的が、42節にあります。ラザロの病気が伝えられた時、イエスがすぐに駆けつけられなかったわけがわかったでしょう。ラザロの復活は、イエスを信じる者が永遠の命を得ることの『しるし』でした(3章16節)また、やがて十字架にかけられて死なれたイエスが死を征服してよみがえられることの予告でもありました。

主題=イエスは死をも征服されました。

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