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(2014-07-13の週報より)

「中風のいやし」

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 わたしは主、あなたをいやす者である。(出エジプト15章26節)

一、信仰による行為(マルコ2章1ー4節)
カペナウムは、ガリラヤ湖の北西岸にある町です。当時ユダヤを圧迫していたローマ軍の駐留地でもありました。幼年時代を過ごしたなナザレで宣教しておられたイエスは、後にカペナウムを本拠地として、食事をする間もないほど忙しく宣教を続けられました。マタイ福音書には、カペナウムを、イエスにとっての『自分の町』と書いてあります。
 イエスのおられる所には、いつも大勢の人が押し寄せました。その日も、イエスがカペナウムに来られたことが知れ渡ると、我も我もと集まってきて、家は戸口までいっぱいになりました。このいえは、イエスの弟子ペテロの家ではないかと言われています。
 そこへ、中風の人が、床に寝たまま四人の友達に連れて来られました。たぶん脳卒中の後遺症で身体が自由にならず、寝たきりの生活をしていたのでしょう。人がいっぱいで家に入れないことが分かると、四人は家の外側にある階段を上がって、屋根を壊し始めました。ユダヤの家の屋根はとても簡単な造りで、年に一度修理する習慣があったので、穴を開けるのは楽でした。四人は、その穴から、イエスの前に病人を吊り降ろしました。なんと非常識な人たちだろう?と思いますか。

二、罪をゆるす。(マルコ2章 5−11節)おそらく、集まっている人々の間からも、非難の声が出たに違いありません。しかし、必ず治していただける、と信じて行動した四人を、イエスはおとがめにならず、病人に向かって『子よ。あなたの罪はゆるされました』とおっしゃいました。『子よ』というのは、とても親しみを込めた呼びかけです。罪をゆるす、と聞いてイエスに反感を抱いた律法学者たちは、心の中でつぶやきました。『この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。』(7節) イエスがまことの神の子であることを認めようとしない律法学者たちは、イエスのこのことばを神を汚すことばと受け取ったのでしょう。そのことばを読み取ったイエスは言われました。9節ー11節を読みましょう。イエスは、ご自分が罪を赦す権威を持ち、病気を治す力もある神であることを示そうとされたのです。

三、神を賛美する人々(マルコ2章12節) すると病人は起き上がり、自分で寝床を取り上げて、みんなの見ている前を出て行きました。イエスが必ず癒してくださると確信していた四人の友達とこの病人にとっては、イエスの御業はごく当然のことだったのでしょう。五節を見ると、イエスが彼らの信仰を高く評価されたことが分かります。信仰は、時としてこんな大胆な行動を起こさせるのです。
この出来事を最初から目撃していた人々の驚きを、想像することができますか。『こんなことは今まで見たことがない』人々の驚きは神への賛美に変わったのです。

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