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(2014-01-26の週報より)

「賢い人と愚かな人」

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どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。あなたのおことばに従ってそれを守ることです。(詩篇119篇9節)

一、岩の上の家と、砂の上の家(マタイ7章24ー27節)
 ある時、イエスは、山の上で大勢の人々を前に話をされましたが、その最後に、短いたとえ話をなさいました。そこには、二種類の人が登場します。一人は、岩の上に家を建てた人、もう一人は、砂の上に家を建てた人です。どんな家であったかについては、語っておられないので、想像するしかありません。当時のユダヤの風土や習慣は、現在の日本とはだいぶ違うでしょうから、私たちが思い描く家のようではないかもしれません。
 今の日本では、家を持つのはなかなか大変なことでお金もかかることのようです。ですから、なんとか頑張って家を建てた人は、喜びも大きかったことでしょう。当然の事ながら、家の間取りや壁、家具、カーテンなどにも工夫をこらします。招かれたお客さんも、そんなところで『素敵な家ですね』などと判断するのです。でも、いったん嵐や洪水が押し寄せるようなことがあると、そんな家の造りなどどうでもよくなります。むしろふだんは意識すらしないような、その家の土台がしっかりしているかどうかが、急に問題になるのです。たとえ話しの中の二つの家も、きっと見た目には、似たり寄ったりだったことでしょう。でも、ある時、ひどいあらしが押し寄せ、二つの家の違いがはっきりと現れたのでした。その違いとは、それぞれの家の土台が何であったのか、ということです。岩の上の家は、どんなに強い風が吹きつけてもびくともしませんでしたが、砂の上に、建てられ、土台が不安定であった家は、あっさりと倒れてしまいました。

二、賢い人と愚かな人
 イエスは『私のこれらのことばを聞いてそれを行う人』は、岩の上に家を建てた賢い人のようであり、『わたしのことばを聞いてそれを行わない者』は、砂の上に家を建てた愚かな人のようだと言っておられます。つまり、私たちが、神のおことば、つまり聖書を、しっかりと人生の土台に据えていれば、どんな人生のあらしが訪れても、倒れることはないとイエスは言っておられるのです。私たちの人生は必ずしも、順風満帆というわけではありません。人に裏切られたり、誤解されたり、失敗したり、いろいろな『あらしが』が襲ってくるものなのです。しかし、そのいざという時、どんな時にも変わらず私たちを愛し、支え、慰めてくださる主イエスに信頼し、この方に聴き従う姿勢を持つならば、わたしたちは打ちのめされることはないのです、あらしの時には、家の造りなどどうでもよくなるように、私たち自身が強いか弱いかが問題なのではありません。神のおことばにどれだけ信頼をおいているか、このことが私たちの人生の鍵なのです。この一年もいろいろなことが起きるでしょう。できれば、何事もうまくいってほしいと思いますが、思いがけない出来事があるかもしれません。でも主イエスを信じる私たちは恐れることはないのです。でも万が一、私たちが真っ逆さまに倒れてしまうように感じる時があっても、神は『永遠の腕』(申命記33章27節)をもって私たちをしっかりと支えてくださるのですから

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