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(2013-12-29の週報より)

「シメオンとアンナ」

  

 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得さしてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。 (?ヨハネ4章9節)

 シメオンとアンナもまた、今まで見てきた人々と同じく、主イエスの降誕の際に立派にその訳を果たした人々でした。年老いた二人は、若い時から主に仕え、旧約聖書にある神の約束を信じ、メシヤの到来を待ち望んでいました。神は彼らの信仰に応えてくださいました。

一、人生を満たす神(ルカ2章22ー36節)
 ヨセフとマリヤは出産のきよめの期間を終えてから、律法にしたがい幼子イエスをささげるためエルサレム神殿に出かけました。これはレビ記12章に命じられていることで『山鳩一つがい、または、家鳩のひな二羽』(24節) は、羊を買う余裕が無い貧しい者たちのための規定です(レビ12章8節)。このことは、後にイエスがバプテスマを受けられたことに合わせ『罪は犯されませんでしたが、すべての点で私たちと同じように、試みに合われたのです』(ヘブル4章15節) (?コリント8章9節)であったことを意味します。
人となられた神イエスは『貧しさ」によって私たちは祝福を頂くことができるのです。
 シメオンの場合、その祝福とは、人生を心置きなく終えることのできるじゅうじつかんでした。『今こそあなたは、あなたにしもべを、みことばどうり、安らかに去らせていただきます』(29節)。

二、使命を与える神(ルカ2章36ー38節)
 同じく神殿でイエスに出会ったアンナの場合は『エルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人々に、この幼子のことを語った』(38節)。
神殿で断食と祈りの引退生活をしていた84歳の女性が、あかしの使命に生きるようになったのです。
 周囲から見ればいつもと変わらぬただの男の子の宮詣であったでしょうが、信仰によってその子を救い主と認め、礼拝したシメオンとアンアにとっては、確かな祝福の経験でした。

三、救いを与える神(?コリント9ー15、ヨハネ3章16節)
 私たちも、シメオンとアンナと同じようにイエスを受け入れれば、祝福を頂くことができます。イエスは、神が私たちのためにお遣わし下さった神の独り子・救い主であり、神から人類への最大の贈り物です。このイエスを信じることにより、私たちは永遠の命を頂くことができるのです。
『永遠の命』は、私たちが信じた瞬間から私たちのうちで始まり、地上で生きながら神との交わりを可能とし、神に結びつき神の国に生き始めることを可能にする。シメオンのように人生を満ちたらせ、アンナのように年老いてもなお使命に生きる力を与えるのです。人それぞれに、また人生の段階それぞれに、豊かな恵みが与えられるのです。
『ことばに表せないほどのの賜物』(?コリント9章15節) を頂くことができるのです。

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