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(2013-11-17の週報より)

「聖書の中心はイエス,キリスト」

  

 これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなた方が信じるため、また、あなたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。(ヨハネ20章31節)


一、聖書はキリストを予言する(使途 8章26ー33節)
 ピリポは、サマリヤ人伝道をしていましたが、主の使いに『エルサレムからガザに下る道に出なさい』(26節) と命じられ、出掛けて行きました。ガザは、エルサレムから南西80?ほどの海に面したところにあります。ピリポがその道を下って行くと、その途中の荒れ果てた道で、エチオピヤの女王カンダケの宦官であるエチオピヤ人に出会いました。彼はユダヤ人ではなかったが、まことの神を礼拝する人で、わざわざエチオピヤからエルサレムまで礼拝に出かけ、帰る途中でした。しかも、彼はイザヤ53章を読んでいました。それは、すべての人を救うために十字架にかけられるイエスの苦しみについての預言を記した箇所です。御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい』(29節) と言われたので、ピリポは近づきました。エチオピヤの宦官はピリポに一緒に馬車に乗るように頼みました。

二、伝道者はキリストを証言する(使徒 8章34、35節、ヨハネ 20章31節)
 エチオピヤの宦官は、ピリポに『預言者はだれについて、こういっているのですか』と尋ねました。ピリポは『この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝え』ました。エチオピヤの宦官は、イザヤ53章に書かれている人が誰であるかが分かればもう全てがわかる、という状態でした。ですから、イエスキリストというお方を知って、すぐに待ちに待っていた救い主をとして信じました。本当に、神はすでにエチオピヤ人の宦官を導き、備えておられました。そして,このためにピリポを遣わされたのです。

三、聖霊はキリストを明言する(使徒 8章36ー40節)
 エチオピヤの宦官は、ピリポの導きですぐにイエス・キリストを信じることができました。それは、聖霊が導いてくださったからです。彼はすぐに、ピリポによってバプテスマを受けました。水から上がっきた時、主に霊がピリポを連れ去りましたが、エチオピヤの宦官の心は、イエス・キリストを信じて得た何にも変え難い喜びで満たされていました。
どんなに良い職業を得ていても、財産があっても、罪からの救い、永遠のいのちに勝るものはないからです。『聖書はすべて、神の霊感によるもので』(?テモテ3章16節) とあるように、聖書が聖霊に動かされた著者によって書かれたものであるなら、それを解き明かすことのできるのは聖霊です。神の言葉は、神の聖霊によってのみ解き明かされるのです。エチオピヤの宦官も、またそこに使わされたピリポも、聖霊に導かれました。それはキリストご自身を表すためでした。『神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです』(ローマ書8章14ー16節)と教えられています。
 聖書が書かれた目的は、すべての人がイエス・キリストを信じ救われ、キリストの御名によって永遠のいのちを頂き、そのいのちに生かされることなのです。

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