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(2013-09-22の週報より)

「バプテスマを授ける」

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 悔改めなさい。天の御国が近づいたから。     (マタイ3章2節)

一、荒野で宣教を開始するヨハネ          (マタイ3章1ー4節)
 主イエスがいよいよメシヤとして人々の前にお姿を現し始められた頃、ヨハネは預言者として活動を始めました。ヨハネがまづ何よりも人々に伝えたかったメッセージがありました。3節を読みましょう。『悔い改める』とは『後悔する』とか『懺悔」をするということとは少し意味が違います。自分の犯した罪を悔いたり、反省するということだけではなく、今までの、自己中心の、神とは無関係な生き方から、みこころを優先し、神に導いていただく生き方へと、人生のあり方を180度方向転換させるということです。自分の罪を嘆いて、悲しむだけではなく、喜びをもって新しい生き方をスタートさせるということなのです。ヨハネは『天の御国が近づいたから』と述べています。『天の御国』とは、神の支配のことです。メシヤが王として私たちの心を支配してくださる時が近づいたのだから、安心して、罪の生活から、神に支配していただく恵みの生活へ導き入れていただこう、とヨハネは説いたのです。

二、ヨルダン川でバプテスマを授ける(マタイ3章5ー10節)
 ヨハネのメッセージを聞いて多くの人々が罪を告白し、バプテスマを受けに来ました。しかし、中には、間違った心で受けに来た人々もいました。パリサイ人とサドカイ人たちです。彼らは、我こそアブラハムの子孫であるというプライドがありました。自分たちこそ、救いのために特別に選ばれている、だから真っ先にパプてスマを受ける資格がある、そう思っていたのです。ヨハネは、彼らに向かって何と言ったのでしょう。7ー9節を読みましょう。神の目からご覧になったら、ユダヤ人であろうが、異邦人であろうが罪人であることには変わりがない。罪を心から悔いて告白し、悔い改めの実を結ぶ人、つまり神に信頼し、神を信じるものとしてふさわしい人生を歩む人こそ、神の子とされることをヨハネは強い語調で述べたのでした。
 ヨハネは、さらに厳しいことばを続けます。10節を読んでください。『良い実を結ばない木』つまり罪を悔い改めない者は『火に投げ込まれる』すなわち永遠の死によって滅びなければならないのです。神の祝福のもとに生きるか、永遠の滅びか、私たちの前にある道は二つに一つです。この事実を私たちはしっかりと見据えなければなりません。主は愛をもって私たちを悔い改めへと招いておられます。あなたはどちらの道を選びますか。

三、『さらに力のある方』(マタイ3章 11、12節)
 ヨハネは、聞いている人たちに、来たるべき救い主について教えました。11、12節を読みましょう。ヨハネは、イエスのことを『さらに力のある方』と紹介し、自分は、イエスの奴隷になる資格もないと言いました。バプテスマを授けるヨハネを見て、ヨハネこそメシヤだとあがめ敬う人々もいたでしょう。ヨハネは、自分の立場を正しく伝え、おごることなく、救い主のために道を備える人としての使命を忠実に果たそうとしたのです。


主題=神の国が近づいていることを伝える。 

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