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(2013-09-01の週報より)

「嵐の中」

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私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。(詩篇62篇1節)


一、私たちは危険である(使徒27章1ー12節)
エルサレムでの大混乱と暗殺計画から守られて、ひそかにカイザリヤに連れて行かれたパウロは、そこで二年間も牢に入れられたままほおっておかれました (24章27節)しかしカイザルに上訴したので(使徒25章9ー12節)、ローマへ送られるためにローマの親衛隊に守られて、船出しました。パウロは正しい裁判を求めて正当な訴えをし、その結果ローマへ向かったのですが、その背後には、パウロをローマに遣わすための神の導きが働いていたのです。パウロも、以前からローマで福音を伝えたいと願っていました。困難から困難の状況下にあっても、パウロの信仰は燃え続け、主からの使命をしっかりと自覚していたのです。
 さて船出したものの、航海に適する季節ではなかったので、なかなか大変でした。安全な島影を縫うように航海を続け、やっと「良い港」という名の港に着きました。パウロは、これ以上の航海を続けることは無理であるということを、多くの経験から忠告しました。けれどもローマの百人隊長は、パウロよりも船長のほうを信用しました。「良い港」は、冬を過ごすのに適していなかったので、西の方にあるピニクスまでどうしても行きたいと思ったからです。

二、私たちは救われる(13ー26節)
 穏やかな南風が吹いてきたので、船出をし、クレテ島の海岸を航行していくと、ユーラクロンという暴風が吹き下ろしてきました。船は大揺れの状態となり、吹き流されるままになりました。翌日、船を軽くするために積み荷を捨て始めました。パウロの乗った船は、穀物などの大きな荷物を運ぶローマの商船であったと思われます。3日目には、船具まで海に投げ捨てて、ついに何もかも失ってしまいました。けれどもさらに暴風が続き、みんな助かる望みもなくなったかのような、暗い絶望的な思いの中に、身を潜めていました。誰も食事を取ることさえしませんでした。その時パウロは、人々を励まして言いました。27章22ー26節を読みましょう。神は、パウロに御使を送り、みことばの約束を与えていてくださったのです。パウロは、ローマに行くことが神のみこころであることを確信したことでしょう。
 生命でさえ危ないと思われれる嵐の中で、パウロは、力強い希望を持ち続けました。人間の考えでは絶望的な時にも、パウロは主を信じ続けたのです。そして、みんなを励まし、リードしました。神のみことばの約束を信じゆだねる者は、どんな状況下にあっても、心に平安が与えられ、冷静に判断することができるばかりではなく、他の人々への配慮もできるようになるのです。

三、私たちは守られる(27ー44節)
 14日目の夜になって、アドリヤ海を漂流していると、水夫たちは、陸地に近づいたことを感じました。真夜中のことですから、知らずに暗礁にでも乗り上げると大変です。乗組員の中には、逃げ出そうとする人もいました。しかし、その時にも、パウロは冷静に判断をして指示し、人々の命を助けました。
 翌朝、パウロは人々に食事を取るように勧め、『あなたがたの頭から髪一筋も失われることはありません』と、信仰による励ましを与えました。へとへとに疲れ、恐れと緊張の中にある大勢の人々に、パウロは、生きた信仰のあかしを立て、また助けたのです。

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