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(2013-05-26の週報より)

「ナボテのブドウ畑」

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 『主の御目はどこにでもあり、悪人と善人とを見張っている。』(箴言15章3節)


一、アハブ王の罪(列王? 21章1ー16節)
 ナボテという人は、アハブの宮殿のそばぶどう畑をを持っていました。アハブは、その畑を自分のために野菜畑にしたいと考え、別のもっと良い畑と取り替えて欲しいとナボテに申し入れました。お金のほうが良ければ、相当の金額を払うとも言っています。一見すると、これは悪くない取引のように思えます。しかし、ナボテは3節のようにこれをきっぱりと拒絶しました。ナボテは、王を王と思わない我侭な男だったのでしょうか。いいえ、ナボテは、『主によって』申し出をを断ったのです。当時のイスラエルの民にとって所有地を売ることは、律法を犯し神の前に罪を犯すことだったからです。(民数記 36章7節、レビ記 25章 23節)。
 アハブは神を悲しませることばかりしていましたが、やはりイスラエルの王ですから『主によって』と言われては、さすがになすべくもなく、すごすごと宮殿に戻ってふて寝をしていました。すると、イゼベルが事の次第を聞きに来ました。外国人 (異教徒) のイゼベルにとっては、律法を守ることなど何の意味もありません。さっそく手を回して、ナボテを死刑にしてしまいました。( 8ー10節 ) を読みましょう。
 ナボテが死んだことを聞いたアハブは『すぐに、立って』ぶどう畑を取り上げに行きました。イゼベルが策略で何とかナボテ御の畑を取り上げてくれることを期待して待っていた様子がうかがえます。直接手を下しませんでしたが、アハブの罪もイゼベル同様重いものです

二、エリヤの糾弾(列王? 21章17ー26節)
 アハブはうまくやったつもりだったかもしれません。しかし神は一部始終をご存知でした。今日の聖句にあるように、どのような小さなことでさえも見逃しはしないお方なのです。神は、早速エリヤをアハブのところにお遣わしになりました。エリヤは、嬉々としてぶどう畑にやってきたアハブをつかまえ、神の厳しい裁きのことばを伝えました。20ー24節を読みましょう。

三、アハブの中途半端な悔い改めと神の裁き(列王?21章27ー29、列王? 9章30ー37)
 アハブはおろおろして、一応型どうりの悔い改めの様子を見せましたが、心をご覧になる神は、裁きの時を少し延期されるだけで、その厳しさを変えることはなさいませんでした。列王上22章34ー38、列王?9章30ー37節を読みましょう。神の裁きはそのおことばどおり実現しています。二人とも目を覆いたくなるような無残な死に方をしましたが、そのことから、神がそれほどまでに正義を愛し、悪を憎まれるお方であることを私たちは
知るのです。

* 主題=真の神に従う者は、勇敢に行動する

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