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(2012-07-22の週報より)

「宣教開始」

  

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。
                             (?テモテ4章2節)
 パウロは回心後直ちに伝道しましたが、本格的な宣教開始には長い準備の期間が必要でした。アラビヤの砂漠に行き、タルソに退き、約12年間を過ごしています。そしてバルナバに呼び出され、アンテオケでともに牧会に励んだのです。


一、第一回伝道旅行への出発(使徒13章1―14節)
 アンテオケの教会は、聖霊に導かれて、バルナバとサウロという霊的指導者たちを世界宣教に送り出しました。自分たちの教会の成長より世界宣教を選んだのです。二人は、まず船でキプロス島に渡り島全体を巡りながら伝道しました。魔術師エルマとの霊的な戦いを経て、大胆にキリストの福音を伝えました。
 そこから、パンフリヤのベルガに上陸し、北上してピシデヤのアンテオケに着きました何故アンテオケに行ったのか、マラリヤにかかったので高原の町で静養しながら伝道するためであったとの説もありますが、やはりガラテヤ地方の中心的な都市であったためでしょう。その地方の中心的な都市で伝道し、周辺の町や村に福音を広げるのが、宣教の基本方策でした。

二、最初の説教(14―41節)
 アンテオケでは、まずユダヤ人の会堂に入り席に着きました。律法の朗読があったが専任の教師 (ラビ) がいなかったので、バルナバたちは奨励を依頼されました。ユダヤ教の巡回教師と思われたのでしょう。そこで、パウロが最初の説教をします。サウロがパウロと言われるようになり説教をするようになったのは、キプロスの時代からでした(9、10節)。パウロの説教は、イスラエル民族の歴史から説き起こし、イエスの十字架へと進んでいく。それは、律法や預言者の書にすでに約束されていたことで、その成就である。そのイエスこそ約束のメシヤであるという内容のものでした。この内容は、それからの彼の説教の基本となっています。聖書的で、歴史的で、そして宣教的でした。

三、最初の反応(42―52節)
 パウロの説教に対する反応は、必ずしも悪くなかったようです。その意味がよくわからなかったせいかもしれません。人々は次の安息日にも、同じ事を話してほしいと頼んでいます。集会が終わると、多くのユダヤ人と異邦人改宗者たちがついてきたので、さらにキリストの福音を説き明かし、その信仰にとどまるように勧めています。パウロたちの説教の噂は広まり、次の安息日には町中の人々が集まって来ました。
 そのことは、ユダヤ教徒には大きな衝撃と不安を与えたのでしょう。彼らは、妬みの燃え、パウロの説教に反対し、口汚く罵りました。会堂を追い出されたパウロたちは、街角に立って路傍伝道を始めたものと思われます。そこでパウロはまずユダヤ人に福音を伝えたが、これからは異邦人のほうに向かうと宣言します。異邦人はそれを聞いて大いに喜び、多くの人々が信じました。ユダヤ人が反対し異邦人が信じるという出来事によって、パウロはやがて異邦人への使徒として召されたことを確信し、キリスト教は世界に広がったのです。

* 7月22日   聖書箇所=使徒13章  * 宣教開始

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