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(2012-07-15の週報より)

「アンテオケ」

  

 弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。(使徒11章26節)

一、アンテオケ教会の始まり(使徒11章19—21節)
 ステパノの殉教から起こった迫害によって散らされた主イエスの弟子たちは、みことばを宣べ伝えながら巡り歩き(8章4節)地中海北東のフェニキヤ、キプロス、そしてシリヤのアンテオケにまで進んでいきました。そしてアンテオケに来てからは、ギリシャ人、つまり異邦人にも福音を伝えるようになりました。ピリポがエチオピヤ人を導いたり
(8章)、カイザリヤでペテロがコルネリオとその家族を導いたように、主は異邦人への伝道を、この町でも進めておられたのです。

二、アンテオケ教会の成長(22—26節)
 アンテオケでは大勢の人が主イエスを信じ、最初の異邦人の教会が誕生しました。この知らせを聞いたエルサレムの教会は、新しい教会を応援するため、バルナバを派遣しました。バルナバはキプロス生まれのレビ人だったので(4章36節)、アンテオケ教会が誕生するきっかけになったキプロスやクレネ出身のユダヤ人信者たちと話し合うのにふさわしい人物だったのです。
 バルナバは、アンテオケについた時、神の恵みが豊かに注がれているのを見て喜び、主にとどまっているようにと、生まれたばかりの教会を励ましました。彼は大勢の人を主イエスに導き、さらにタルソにいたサウロを連れてきました。サウロは劇的な回心をしたものの、積極的に福音を語ることができない状況に置かれ、故郷でその時を待っていたようです。異邦人伝道に召されたサウロ(9章15節)はその働きに適任でした。
 良い指導者の恵まれたアンテオケ教会には、さらに信仰に導かれる人が増えて行きました。町の人々は教会に注目し、主イエスに熱心な姿を見て、彼らを『キリスト者(クリスチャン)』と呼ぶようになりました。この呼名は『キリストに属する人(キリストのことばかり考えている人)』という意味です。教会の人々がどれだけ主イエスを愛し、互いに愛し合っていたのかを想像することができます。

三、アンテオケ教会の貢献(27—30節)
 勢いのまして成長するアンテオケ教会とエルサレム教会の間には、良い協力関係が見られました。バルナバに続いて、預言者たちもアンテオケ教会にやって来ました。その中の一人でアガボという預言者ガ、世界中に大飢饉が起こると聖霊に導かれて予言しました。
そのとおりになった時、アンテオケ教会の人々は、飢饉で苦しんでいるエルサレム教会のために、それぞれの賜物や状況に応じて自発的にささげ物をし、救援物資として送ることに決めました。そして集まったものをバルナバとサウロの手によってエルサレムの長老たちに届けたのです。

 アンテオケの教会は、初めの頃はエルサレムの教会から支援を受けました。今度は受ける教会から捧げる教会、与える教会として、主に用いられるようになったのです。

* 7月15日 アンテオケ教会   

* 主題=キリストに属する者として生きる。

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