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(2011-10-16の週報より)

「ダビデ」

  

『人はうわべを見るが、主は心を見る』

                          (1サムエル16章7節)

Man looks at the outward appearance,but the LORD looks at the heart. 1Samuel16:7


一、神に選ばれる(1サムエル16章1−5節)
 サウルのことで悲しんだのは、神だけではありません。サムエルもとても悲しみました
 悲しんでいるサムエルに、神は新しい王を任命するようにお命じになりました。サムエルは恐れました。確かに神はサウルを王位から退けるとおっしゃいましたが、サウルは今も王としてイスラエルを治めているのです。新しい王を任命することが知られたら、サムエルは王に反逆したとして殺されてしまうでしょう。
 神はサムエルに、身を守る手段を具体的に教えてくださいました。サムエルは、神がおっしゃったとおりにしてベツレヘムに行き、エッサイと息子たちを招きました。エッサイはルツとボアズの孫に当たります。

二、神は心を見られる(1サムエル16章6ー13節)
 エッサイの息子たちは、一人ずつサムエルの前に進みでました。エリアブを見たサムエルは『この人こそ新しい王だ』と思いました。7節を読んでください。私たちは外見で人を判断してしまいがちですが、神は外見ではなく、心をごらんになるのです。
 エッサイは次に、アミナダブを前に進ませました。けれど、神はアミナダブを選びません。その次に進み出たのはシャマも駄目です。エッサイは7人の息子を次々に進ませましたがその中には神に選ばれた人はいませんでした。
 サムエルはエッサイに『ほかに息子はいないのですか』と尋ねました。エッサイは『息子はもう一人おりますが、今は羊の番をしています』と答えました。このダビデは末っ子でした。このような重要な場に出るにはまだ若すぎるというので、兄たちと一諸には呼ばれなかったのかも知れません。
 やがて、ダビデが連れて来られました。12節を読みましょう。神がお選びになったのは、若く、家族にないがしろにされているようなダビデだったのです。ダビデは姿もよかったようですが、神はそんな理由でお選びになったのではありません。心をごらんになる神は、ダビデが王にふさわしいことをご存知だったのです。
 サムエルはダビデに油を注ぎました。これは神に選ばれて特別な仕事をする者になるという意味です。ダビデの場合は王になるということですが、そのことはダビデに知らされなかったようです。さらに神はダビデに神の霊を注ぎ、必要な力や能力をお与えになりました。

三、サウルに仕える(1サムエル16章14ー23節)
 一方、サウルは悪い霊に苦しめられていました。家来たちは、美しい音楽を聴いたらサウルが楽になるのではないかと考えて、ダビデを推薦しました。18節を読んで下さい。ダビデの長所がいろいろと挙げられていますが、特に注目したいのは、神が共におられるということです。このことは、指導者や王として、とても大切なことです。ヨシュア (ヨシュア1章5節) やサウル (10章7節) と共におられた神は、ダビデとも一諸のいてくださるのです。
 ダビデは、サウルのために立琴を弾くようになり、やがて道具持ちになりました。ダビデは自分が王になることなることなど知りませんが、神は少しずつダビデを王座に近づけておられたのです。

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