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(2011-07-31の週報より)

「アテネに於ける説教」

  

この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などのはお住みになりません。   (使徒17章24節)

The God that made the world and all things therein, he, being Lord of heaven and earth, dwelleth not in temples made with hands;(Acts 17 : 24 )

一、パウロの憤り (使徒17章16、17節)
 パウロが訪づれたアテネの町には、壮大な神殿が建ち並び、様々な木や石や金銀で造った偶像があふれていました。アテネの人々の考えは、すべて人間中心主義であり、神々でさえ人間の造ったものでした。また彼らは、人間ばかりではなく、思想や才能、芸術などをも神々のようにあがめていました。
 パウロは、このような有様を見て心に憤りを感じました (16節)。真の生ける唯一の神のために、この堕落した罪の状態を憤ったのです。特に『知られない神のために』とまで刻まれた祭壇を見つけた時には、彼らの偶像礼拝の哀れな限界を強く感じました。次から次へと偶像を刻み続けても、心の満足や確信もなく、まだほかにも神があるのではないかと、暗闇を手探りで歩くようにして探し続け、ついに自分たちのまだ知らない神々もあるかもあるかも知れないと『知られない神に』とまとめて刻むに至ってしまったのでしょう。
 パウロは、会堂で教え、広場に出て行っては、そこにいる人々に福音を伝えました。

二、アレオパゴスで語る(使徒17章18ー31節)
 このようなパウロに対して人々は二通りの反応を示しました。18節を読みましょう。『おしゃべり』というのは、アテネの俗語で、軽蔑をこめた言い方です。一方、新しいもの好きの人々は『新しい教え』(19節) や『珍しいこと』(20節) を聞くために、パウロをアレオパゴスの議会に連れていきました。アレオパゴスの真ん中に立ったパウロは、アテネの文化人たちを相手に、公に福音を語ることになったのです。
 説教の冒頭のことば (22節) は、痛烈な皮肉ともとれますが『あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう』と、パウロは、人々の心をまずとらえてから、語り始めました。
1、創造主である神
 まことの神は『この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった』お方であり
『天地の主』です (24節)。
『神は、すべての人にいのちの息と万物をお与えになった』(25節)。
『神は、ひとりの人 (アダム) からすべての国の人々を造り出し』ました (26節)。
2、支配者である神
『天地の主』である神は『時代と、その住まいの境界(国土)』を支配します (26節)。
 神は、人間のすべての営みに介入されるので、求める者は誰でも神を見出すことができるのです(27節)。神を、被造物である人間が造った『像と同じものと考えてはいけません』(29節)。3、審判者である神
 神は『すべての人に悔い改めを命じておられます』(30節)。
 神はイエスを『死者の中からよみがえらせることによって』神のさばきが確実に行なわれる日があることを示されました (31節)。
三、人々の反応(使徒17章32ー34節)

 さて、このパウロの説教を聞いた人々の反応はどうだったのでしょうか。人々の中には、あざ笑って去った人々もいましが、信じた人もいました。
 私たちの周りにも、アテネのように、たくさんの偶像があります。あなたは、偶像ではなく、天地を造られた神を信じますか。

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