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(2011-06-26の週報より)

「岩の上に建てた家」

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『わが神。私はみこころを行なうことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。』  (詩篇40篇8節)

I delight to do thy will, O my God;Yea, thy law is within my heart. (Psalm 40 : 8 )

一、みことばは読むものではなく、聞くものである。
 私たちは今、神のみことばである聖書を読むことになれています。そして、信仰生活を継続するための基本として、聖書を読むことが奨励されています。教会では、折に触れて、いや毎回のように聖書を読むことを熱心に勧めています。
 しかし、聖書そのものには、聖書を読むようにという指示や勧告は見られません。印刷術がない時代、聖書はすべて手書きの写本でした。手間がかかるうえ大量生産ができないので、写本の聖書は非常に高価であり、普通の人々は、礼拝等の集まりで朗読される聖書のことばに耳を傾けました。彼らにとって、みことばは読むものでなく、まさに聞くものでした。主イエスも『わたしのこれらのことばを聞いて』(24、26節) と言われています。このことは『聞きなさい。イスラエル』(申命6章4節) と言う呼びかけに代表されるように、旧約聖書の世界ではもっと明白な事実です。

二、神 (主イエス) は聖書を通して語られる。
 私たちは「聖書は神のことばである」と信じています。そのことが意味する最も大事なことは『神は聖書を通して語られている』という事実です。そのことは、現在の私たちに対しても変わらない事実です。昔、聖書が書かれた時代に語られた神は、今も聖書を通して私たちに語られる神です。そして、この新約の福音の時代には、神は御子イエス・キリストにおいて(また聖霊によって)私たちに語られます。神 (主イエス) が聖書を通して私たちに語られるのは、いつも聖霊によってです。聖霊の導きと助けによって、私たちは
、聖書を通して語られる神 (主イエス) のみ声を聞くのです。

三、主イエスのことばを聞いてそれを行なう者になる。
 私たちは聖書を読みながら主イエスのことばを聞くとき、それを聖書 (書物) の文字としてではなく、聖霊によって主イエス御自身が私たちに(この私に) 語られる御声として聞くということを、特に大事にしたいものです。主イエスのことば (音声) として聞くとき、それは、私たちの心に深くとどまるのです。そのことばに込められたイエスの愛を深く感じれば感じるほど、『あなたの教えは私の心のうちにあります』と応答して、みこころを行なうことを喜びとするようになるのです。主イエスの期待に答えて、私たちも『岩の上に自分の家を建てた賢い者』の仲間入りを果たしたいものです。ところで、この『岩』は、私たちにお語りになる主イエス御自身にほかなりません。
                          (1コリント3章11節参照)

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