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(2011-05-15の週報より)

「神の愛」

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私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。(ローマ5章8節)

But God commendeth his own love toward us, in that, while we were yet sinners, Christ died for us. ( Romans 5 : 8 )


一、主イエスの死と復活の意義(ローマ4章25節、5章5節)
『主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられた』という4章25節の聖句ほどイエスの十字架 (死) と復活の意義を明らかのしたものはありません。
 イエスが十字架の死に渡されたのは、私たちの罪のためです。イエスを十字架につけたのは、私たちの罪にほかなりません。それなかかわらず、神はイエスを死からよみがえらせ信仰によって復活の主イエスを私たちと共におらせてくださることによって、私たちを義と認めて(罪をゆるし、神の子として) くださいました。イエスを十字架につけた私たちの罪を無条件にゆるしという、ご自身の驚くべき愛を示されたのです。

二、イエスの死と復活は切り離すことができない。
 神がイエスを死から復活させることによって、十字架の死の奥義(奥に隠されていた真理)明らかにされました。イエスの十字架の死は、私たちの罪の贖いとしてご自身の命をささげる自己犠牲的な愛を示しています。この偉大な奥義が、復活の光に照らされて初めて明らかに示されます。このことは、ペテロを初めとする他の弟子たちの経験に照らしても明らかです。このように福音の真理において、イエスの十字架と復活は切り離すことができません。

三、私たちの心に注がれる神の愛(ローマ5章2−11節)
 イエスの十字架と復活との出来事において明らかにされた『神の愛』が私たちの心に注がれるのは『私たちに与えられた聖霊によって』(5節) です。この聖霊は、使徒2章33節に言われているように『神の右に上げられた』(王的な権威を帯びて神の右に着座された)復活の主イエスが、それを御父から受けて私たちに注いでくださったものです。この聖霊が降臨して、すべて信じる者に分け隔てなく与えられます。この聖霊の賜物によって、十字架と復活のイエスが信じる私たちと共におられ、私たちの罪が無条件に赦され、私たちが神の子とされることを確証する『神の愛』を、私たちの心に注いでくださいます。そして、この神の愛から私たちを引き離すものはなにもありません(ローマ8章39節)

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