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(2011-04-10の週報より)

「十字架上の言葉」

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『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからない のです。』(ルカ23章34節)

And Jesus said, Father, forgive them; for they know not what they do. And parting his garments among them, they cast lots.

                                                                               (  Luke 23 : 34 )
一、『父よ、彼らをお赦しください。』(ルカ23章33、34節)
 二人の犯罪人の中央で、キリストは十字架にはりつけにされました。それは最も目立つ所であり、道行く人々も中央に掲げられたイエスを見てののしったのです (マタイ27章39、40節)。祭司長や律法学者たちも、キリストをあざ笑う中、この二人の犯罪人たちもキリストをののしったことが聖書に記されています (マタイ27章41ー44節)。
 十字架のさばきの苦しみを受ける彼らは、キリストと同じ立場にいましたが、彼らも人々と同じようにキリストをあざけったのです。自らの罪を認めるよりも、誰かのせいにして責任を転嫁したり、他の人をあざ笑うことによって自分の苦しみを軽くしようとしたり、人の心の奥には他人を引き下げようとするような、冷たい陰険な心があるのですね!(エレミヤ17章9節)。聖書は、すべての人が罪人だと語っています (ローマ書3章23節)

二、悔い改めた犯罪人(ルカ23章34ー41節)
 しかし、ルカの記述によると、二人のうち一人は、あざけるもう一人をたしなめて、自分の罪をキリストの前に認めるようになりました(41節)。何が彼を変えたのでしょうか
 十字架の死の苦しみを味わう中で、彼の目にはキリストの姿が映っていたに違いありません。自分自身もキリストをののしる中で聞いたキリストの最初のことばは、人や神を呪い、あざ笑うことばではなかったのです。それは、『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです』と言う人々をとりなす祈りだったのです。この犯罪人はどのような思いで、キリストのこのことばを聞いたのでしょうか。
 自分を苦しめ、呪う人々を前にして、その人々のために神にゆるしを祈る、この愛のことばに彼は自分の心の闇を示されたのではないでしょうか。呪う者へのゆるしを神に祈るキリストのことばを、自分のための祈り、自分のためのことばとして受け取ったのではないでしょうか。そして『何をしているのかわからない』のは自分だと考えはじめたのではないでしょうか。
 すこし前には、キリストを呪っていた彼の変化は明確でした。聖霊の導きと助けによって、彼は自らの罪を認めることができたのです。キリストのことばを自分自身に向けて語られたことばとして受け止めていくとき、私たちも聖霊を通して変えられていくのです。
三、キリストの救いの宣言(ルカ 23章42、43節)

 犯罪人のことばを続けました。『イエス様あなたの御国の位にお着になる思い出してください』(42節) と。彼は、救ってくださいとも、ゆるして下さいとも語ってはいません。しかし、主イエスは彼の控えめなことばと、その心の中にある真の悔い改めと信仰とを認めてくださったのです。そして彼に「天国」を約束を宣言なさいました。最後の最後の悔い改めであっても、主の愛を受け取り、謙虚に自らの罪を認め、ゆるしを求める者を主は必ず救いへと招き入れてくださるのです。

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