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(2011-03-27の週報より)

「この人には何の罪も見つからない」

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 『この人には何の罪も見つからない』 (ルカ23章4節)

And Pilate said unto the chief priests and the multitudes, I find no fault in this man.( luke 23 : 4 )


一、不当な裁判(マタイ26章57−61節)  群衆は、捕まえたイエスを大祭司カヤパのところへ連行しました。そこには、律法学者や長老たちも集まっていたといいます。イエスを訴えるユダヤ人議会(サンへドリン) のメンバーがある程度招集されていたということです。
 しかし、議会が夜に行われること自体、不当なことでした。当時、人の寝静まった暗闇の中で取り決めをすることは法的に禁じられていたのです。さらに、彼らはイエスを死刑にするための口実を探そうとしました。ローマ帝国に支配されていたユダヤ人には人を死刑にする権限はありませんでした。ですから、口実を見つけてローマ総督に告訴するつもりでした。偽証する者が何人も出ました。けれども、その偽りの証言を裏づける決定的な証拠を挙げることができないでいたと書かれています。

二、黙されるキリスト(マタイ26章62−68節)
 非常に不利な証言をする人々の中にあって、イエスは何もお答えにならず、黙ってその場におられました。ふだん、群衆を教え、律法学者と論じ合われたイエスの沈黙は、彼らにとっても奇妙に思われたことでしょう。
 偽りの証言をされることほど屈辱的なことはないはずです。神のみこころに従って十字架に向かわれるとしても、してもいないことをしたと言われたら、弁明しないでしょうか。
 大祭司は『あなたは神の子キリストなのか』と尋ねました。その問いによってイエスが神の子であるかどうかを確認しようとしたということではありません。結局、イエスがそれをお認めになると、大祭司は怒りを表して、自分の衣を引き裂き、神に対する冒涜罪を主張して死刑の判決を促したのです。ユダヤ人たちは、イエスの顔につばをし、こぶしや平手で殴り、誰がそれをしたかを当てさせるというゲームを始めました。これらは、役人たちの間に紛れて大祭司の中庭にまで入り込んだペテロの目を通して得られた情報ではなかったのでしょうか。無抵抗の主の姿に、ペテロは何を見ていたのでしょう。

三、ピラトの前(ルカ23章1−12節)
 ユダヤ人議会のメンバーは、イエスをローマの総督ピラトのもとに連れて行きました。そして訴えはじめるのです。しかも、彼らの訴えは『神に対する冒涜罪』ではありませんでした。自分たちの宗教上の問題を出してもローマの人にはまったく意味がなく、訴える理由にならないことを知っていたからです。彼らは『この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました』と言います。つまり『騒擾罪』や『騒乱罪』といった罪で告訴したのです。しかし、ピラトはイエスに何の罪も見出せませんでした。事実、彼はイエスの無罪を人々の前で宣言したのです。それでも、ピラトはイエスを、ガリラヤ地方の国主であったヘロデのところに送り彼の意見を聞こうとしました。このヘロデはイエスに興味を示して、いろいろと質問しましたが、ここでも主は沈黙しておられました。イエスの受難を預言したイザヤ53章を読んでみましょう。

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