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(2010-01-24の週報より)

「アンテオケ教会の成長」

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主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
 (使徒 11章 21節)

The Lord's hand was with them, and a great number of ppeople believed and turned to the Lord.     

(  Acts 11 : 21) New Intrnational  Version.

一、アンテオケ教会の誕生(使徒11章19ー21節)

 迫害を受けてエルサレムを離れた信者たちの多くは各地でユダヤ人にだけ福音を 伝えていましたが、ガリラヤのずっと北にあるアンテオケに着いたギリシャ語を話すユダヤ人(キプロス人とクレネ人) たちは,その町にいるギリシャ人たちにも伝道しました。アンテオケはローマ帝国シリヤ州の首都で、ローマやアレキサンドリヤに次ぐ大都市であり、それだけ に独特の自由な雰囲気があったようです。
 人口 50万ほどの国際都市アンテオケに、こうして最初の外国人教会が誕生しました。


二、バルナバとサウロ(22ー26節)

 アンテオケに多民族からなる教会が誕生したという情報を聞いたエルサレム教会の指導者たちは、バルナバをアンテオケに派遣しました。バルナバは以前、自分の畑を売ったお金を喜んでエルサレムの教会にささげた人です (4章36,37節)。

回心したばかりのサウロがエルサレムの教会に受け入れられるように尽力したのもバルナバです (9章26、27)。信者たちから信頼される人だったのでしょう。24節には『彼は立派な人物で聖霊と信仰に満ちている人であった』と記されています。

  バルナバは、外国人たちがまことの神を信じている様子を見て自分のことのように喜びました。アンテオケ教会では、ますます大勢の人が信仰に導かれるのでし た。ある時、バルナバはふとサウロの事を思い出しました『サウロが受けた最高の教育とあの積極的な性格は、この教会で最大限に生かされるのに違いない』そ う思ったバルナバは、サウロを迎えにタルソに向かいました。

三、『クリスチャン』と呼ばれる(26ー30節)

 サウロを迎えて、一年の間に、アンテオケの教会は大きく成長しました。毎日のように新しい信者が仲間に加わりました。どの人も喜んであかししました。
 目をきらきらさせて『イエス様は……』と話す信者たちの様子を見たアンテオケの人たちは、彼らを『キリスト者』『キリストに属する者』と呼びました。これが、キリスト教信者を『クリスチャン』と呼ぶようになった始まりです。

最初は「また『キリスト』って言っているよ」「まったく、明けても暮れても『キリスト』だね」「あのキリスト屋」といった感じだったのかもしれません。ニックネームをつけられたわけです。
 2章47節を読みましょう。エルサレムに最初にできた教会の信者が周囲の人々から好意を寄せられたのと同じ現象が、アンテオケでも起こったのではないでしょうか。


 その頃パレスチナ地方全域で激しい飢饉が始まると、アンテオケの信者たちは進んで救援物資を出し合って、エルサレムの教会に送りました。口先で信仰を語るだけでなく、主イエスの愛に倣って、名実ともに『キリストに属する

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