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(2019-04-14の週報より)

「本当の祈り」

  

 

主題   本当の祈り                    

     イエスが教えられた本当の祈り

聖句  みこころが天で行われるように地でも行われますように。(マタイ6章10b)

聖書箇所=マタイ6章5ー15節 (ルカ111ー4節)

『主の祈り』は、マタイは山上の説教、ルカは弟子たちに対する主の教えの中に記しています。

 まず、二つの誤った祈りが指摘されます。一つは偽善者の祈りで(5、6節)、神ではなく人に聞かせる祈り。

もう一つは、異邦人の祈りで(7、8節)真の神の神を知らず自分の願いだけ押しつける祈りです。

 では、本当の祈りとはどのような祈りでしょうか。

一、信頼の祈り(マタイ6章5−8)

 真の神を知り、信頼して祈る『天にいます私たちの父よ』という呼びかけのことばには、神に対する人格的な信頼があります。私はクリスチャンになっても、心から祈ることができませんでした。しかし、ある時、『お父さん』と心から語りかけることができた時、心から祈りをささげることができました。パウロは『私たちは御霊によって『アバ、父』と呼びます』(ロマ8章15節)と語っていますが、それは御霊による確信です。

二、信仰の祈り(9ー10節)

主の祈りの前半はすべて神にかかわっています。

1『御名があがめられますように』

2『御国が来ますように』

3『みこころが天で行われるように地でも行われますように』

 原語では、美しく統一がとれ、語順も整えられ、その意味には発展があります。

 この地上において、御名が汚されることなく、崇められるようにとまず祈ります。『御国が来ますように』とは、神の支配がこの世界に実現するようにという意味で、それはみこころが天におけると同じように地上でも行われることです。

それによって、人間の現実の世界が、神の国のようになるのです。私たちは、まず神の国とそのみこころの実現のために祈るのです。

三、信実の祈り(11−13節)

主の祈りの後半は、日常生活と人間関係にかかわっています。

1『私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。』

2『私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを許しました。』

3『私たちを試みに合わせないで、悪からお救い下さい。』

 ここも、原語では、美しいことばに整えられています。まず生活のための祈りで、当座の生活の必要なもののために祈ります。『明日のための心配は無用です』(34節) ともいわれているが、神を信頼するので、明日のためのパンのために祈るのです。『負い目』は『罪』とも『負債』とも訳せることばですが、精神的、論理的な意味があるので『負い目』と読むのがよいでしょう。ゆるした者として、初めてゆるしを祈り求めるのです(18章21−35節)

頌栄の部分は、最古の写本にはなく、集会や礼拝で唱えられるようになってから加えられたのでしょう。

*マタイ6章10b

 この祈りは、少しことばを補って読むと次のようになります。『あなたのみこころが、天におけると同じように地上においても、完全に行われるれますように。』

 まず、『あなたのみこころが』といわれているように、自分の願いではなく神のみこころが強調されています。次に、

『天でおけると同じように地上においても』といわれているように、現実の社会において実現するようにと強調されています。人間の世界には、矛盾と問題があふれています。私たちは、そのような世界に神のみこころが、天におけると同じように完全に行われるように、と祈ります。『祈りて働け』ということわざがありますが、祈って最善を尽くすのです。

(祈りましょう)

 

 

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