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(2017-07-16の週報より)

「悪魔の試み」

  

 題名=悪魔の試み
あなたの神である主を拝み、主にだけ、仕えなさい。(ルカ4章8節)

 イエスが試みを受けられたのは、ヨハネのバプテスマを受け、ヨルダン川から帰ってすぐのことでした。この試みは、イエスの服従を妨害し、救いのご計画の達成を阻止しょうという悪魔の挑戦でした。
『世界の国々を全部見せ』る場所がパレスチナにはないこと、『神殿の頂に立たせ』のは不可能なことなどから、この記事は、イエスが後日、イエスが、ご自身の内面的な闘いを、後日たとえを用いて弟子たちに象徴的なものと考えられます。『人間と同じようになられた』(ピリピ2章7節)  イエスへの試みには私たちの受ける試みに共通するものがあります。故に『試みられている者たちを助けることがおできになるのです』(へブル2章18節)
マタイの福音書では第二と第三の試みが逆になっています。


一、第一の試み(1−4節)
 イエスは聖霊の導きによって荒野に行かれました。四十日四十夜の断食の末、極度の空腹を覚えるイエスに悪魔が囁きました。『あなたが神の子なら』は、『あなたは神の子なのだから』と断定する条件文。悪魔は、イエスが神の子であることを認めたうえで揺さぶりをかけてきます。以下すべての試みが同様です。
『石をパンにせよ』という誘惑に対しては、イエスは申命記8章3節のことばを引用して『人はパンだけで
生きるのではない』と答えられました。マタイ福音書には、後半の『神の口から出る一つ一つのことばによる』(4章4節)も記されています。
 イエスの、神に対する絶対の信頼と神のことばによって生きると言う信仰の宣言がここにあります。


二、第二の試み(5−8節)
『またたくまに世界の国々を全部見せ』と、ルカは、これが幻であることを暗示します。『世界の国々』には、当時ユダヤの支配しているローマ帝国も含まれています。この誘惑は、イエスに政治的支配・権力による主権の確率を約束するものですが『私を拝むなら』という条件がついていました。イエスは申命記6章13節を引用し『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えなさい』と書いてある」と言って誘惑を退けられました。権力よりも『苦難のしもべ』(イザヤ52章13ー53章12節) の道を選ばれたのです。この世はまさに悪魔の支配下にあるように思われる。しかし『地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである』( 詩篇24篇1節 )。


三、第三の試み(9−13節)
 悪魔は聖書に精通しており、聖書のことばを用いて誘惑することもできます。悪魔が用いた聖句は詩篇
91篇11、12節。ですがここでも悪魔は『すべてに道で』を欠いて、本来の意味を曲げています。詩篇の作者の意図は、わざと危険を冒して神の守りを試すことを勧めるのではなく、みこころに従って歩む道に
はどこにでも神の守りがあるという約束です。
 イエスが引用されたのは、荒野で『主は私たちの中におられるのか、おられないのか』と言って主を試みたイスラエルの民について、主が『あなたがたの神、主を試みてはならない』と諭したことばです。(出エジプト17章、申命記6章17節)ここでもイエスは、神を信じ、神に従うべきことを強調されたのです。

聖書箇所=ルカ4章1−13節

    

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