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(2018-06-17の週報より)

「シモンペテロその1」

  

シモン・ペテロ  その一、すべてを捨てて主に従う。
 聖書箇所 ルカ5章1−11
      私について来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。
                            マタイ4章19節)

 パウロと並んで新訳聖書中の代表人物であるペテロのことを二回に分けて学んでいきます。
『代表人物』と書いたが、こうした表現は間違っています。信仰者にとって大切なことは、無名か有名かではないし誰かが他の信仰者より『代表人物』であるわけでもありません。ペテロの場合も、彼の成功(と見なされること)よりも、彼の弱さや失敗と、それな対する神の憐れみとゆるしが信仰者の『代表』と表現するにふさわしい要素です。


一、イエスを知る(ルカ5章1−7節)


 主イエスがペテロとアンデレ兄弟、ヨハネ兄弟をはじめ初期の弟子たちを召された次第は、四福音書から総合的に理解しなければなりません。確定的なことを言うのは難しいが、バプテスマのヨハネの弟子であった者が、当のヨハネの紹介でイエスの弟子となる、彼らが自分の兄弟をつれて来る、自分たちの仕事をしながらイエスの働きを手伝うようになる、イエスが適当な時機に彼らを直接伝道へ招く、と言った順序のようです。
 今日の箇所は、ペテロ(当時の名はシモン)がすでにイエスとの出会いを経験した後の出来事です。ペテロは漁師の仕事を続けながら、デビューしたばかりの評判高い巡回伝道者の弟子のまねごとを始めていました。イエスが舟の上から話をする時、、ペテロは、自分が一般聴衆とは違ってこの先生のそばにいることに鼻高々であったでしょう。
 イエスは話を終えられると、ペテロに、沖に出て漁をするように命じられました。漁という自分の専門領
域への素人の口出しにペテロは一瞬戸惑うが、イエスの威厳に押されて『おことばどおり』の実行します。
そして思いがけない収穫があった時、ペテロは自分の目の前のお方が自分の理解をはるかに超えた偉大な、
そして畏るべきお方であることがようやく知ったのでした。


二、罪を自覚する(8、9節)


 イエスは、漁をするというペテロの専門領域に対して、水の中の魚の群れを読み取ることのできる力を示されたのです。このことはペテロにとって、イエスがさらに多くの隠されたものを見通す能力をおもちであると判断するのに十分なできごとでした。
 ペテロは、罪に満ちた自分の心の底までイエスに見透かされていると瞬間的に察知し、その場にひれ伏し
て罪の告白をしました。ペテロだけではなく、この場にいた他の人も同様でした。イエスな対してどんなに人間的に親しくても(現代的に言えば、キリスト教についてどんなに一般的教養をもっていても)自分の罪の自覚と告白なしには、本当の意味ではイエスを知ったということはできないのです。


三、イエスに従う(10、11節)


 イエスは、罪を告白する者たちを受け入れ、直接伝道という新しい使命をお与えになりました。ペテロたちは自分の仕事を捨てて本格的にイエスの弟子となり、イエスと共同生活を送るようになりました。
 直接伝道への献身はペテロたちの与えられた人生です。すべての信仰者がフルタイムの伝道者にならなければいけないわけではありません。すべてのクリスチャンに求められているのは、自分の生活の中でイエスを第一とすることです。
(祈りましょう)
 

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