すべてのメッセージのタイトル一覧
(2017-09-17の週報より)

「病気の時の祈り」

  

神よ、わたしはあなたに呼ばわります。あなたはわたしに答えられます。
                          (詩篇17篇7節a )
 ヒゼキヤは、アッシリヤの脅威からユダ王国を守り、優れた王として広く知られていました。しかし、重い病に倒れ、病床に伏していました。(イザヤ38章1−8参照)


一、主から死を告げられた(Ⅱ列王20章1節)
 ヒゼキヤが病床にあったのは紀元前705年頃のことで、アッシリヤの軍隊は去りましたが、国家の危機は続いていました。その時、彼は重い病に倒れ、不安と恐れにとらわれていたのでした。
 その時、預言者イザヤが来て、『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ、直らない』と死の宣告をします。それは言葉通り死の宣告であり、致命的なショックを与えました。ヒゼキヤにとって、それは
一人の人間としての苦悩と、危機の中にあるユダ王国の不安という二重の苦しみでした。
『家を整理せよ』とは死に臨んだ者に言われる一般的な表現でしたが(Ⅱサムエル17章23)ヒゼキヤには、国家への責任を整理するという文字どうりの特別に重い意味がありました。


二、主に訴えて祈った(Ⅱ列王20章2、3)
 その時、ヒゼキヤは顔を壁に向けて主に祈りました。今日でも嘆きの壁で見られるように、ユダヤ人は顔を壁に向けて祈ります。神に向かって心を注ぎ出して祈っていたのです。彼は『ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前を歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを』(3節)と訴え、主に祈り、大声で泣いた。
 確かに、ヒゼキヤは主なる神の御前を歩み、素晴らしい王として活躍してきました。けれども、彼はそれらのことを誇っているのではなく、主の憐れみを祈り求めているのです。また、個人的な不安より、
国の危機を訴えています。死を目前にして、彼はひたすら主の憐れみをこい求め、ユダ王国の安全を願ったのです。それは、文字どうり命がけの祈りであり、主はその祈りに応えられたのです。


三、主が祈りに応えられた(Ⅱ列王20章4−11、Ⅱコリント12章7b−9節)
 主は、ヒゼキヤの祈りに答えられました『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙を見た。見よ。わたしはあなたをいやす』彼の寿命は15年延ばされ、主の宮に上って礼拝をし、エルサレムをアッシリヤから守ることができたのでした。
 パウロは、肉体の病のために、三度も主に祈りました。それに対する主の答えは『わたしの恵みは、あなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる』( Ⅱコリント12章9節)でした。病気がいやされるだけが、祈りの答えではありません。主の恵みが十分であることを認め、弱さの中に主の力を体得することは、さらに深い意味のある答えです。その意味がわかったとき、パウロは『わたしの弱い時にこそ、わたしは強いからである』と言うことができるのです。

 祈りましよう。
 

聖書箇所を検索:列王紀下(結果はページ右に表示されます)
福音書の主な出来事:該当なし



 

Copyright (c) 東大阪キリスト教会