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(2017-11-19の週報より)

「わたしはブドウの木」

  

主題=わたしは、ぶどうの木である。(ヨハネ15章1−8節)

 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。(ヨハネ15章5a)
イスラエルでは、ぶどうは最も親しまれている果物であり、ぶどう酒は広く用いられていました。イエスは、
それらを用いて多くの真理を教えておられます。ここでは、特にぶどうの木とその枝を用いてキリストとその弟子にの関係を説かれています。


一、あなたがたはきよめられている(ヨハネ15章1−3節)
 イエスはぶどうの木のたとえによって、神とイエスと弟子の関係と、在り方とを説かれました。神は農夫、
イエスは木、弟子たちは枝です。農夫は豊かに実を結ばせるために、むだな枝を切り落として手入れをします。それによって、枝は幹から十分な養分を受け、多くの実を結ぶことができるのです。
 それとおなじように『あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです』(3節)イエスが語られたことばによって、弟子たちは神のみこころを知り、罪と汚れからきよめられたのです。私たちも神のみことばを信じることによってきよめられ、御霊の実を豊かに結ぶことができるようになるのです。


二、あなたがたは実を結ぶ(4−5節)
 枝は、それ自体には生命はなく、実を結ぶことはできません。しかし、幹にしっかりと結びついていれば、自然に実を結ぶことができます。そこで、イエスは、弟子たちにくり返し訴えられました『わたしにとどまりなさい』『人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているならそういう人は多くの実を結びます』とどまり続け、その生命にあずかり、養分を受けるとき、その枝は多くの実を結ぶことができるのです。


三、あなたがたは栄光を現す(6−8節)
 イエスは弟子たちに約束して言われました。『あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます』(7節)ここでも、主イエスにとどまり、主のみことばが私たちのうちにとどまっていることが大切であり、それによって私たちはいのちと力を受けることができ、すべての祈りがかなえられるのです。逆に、主にとどまっていなければ、何もすることができないのです。
 このように、主イエスにとどまり、すべての祈りがかなえられ、多くの実を結ぶことによって、神の栄光を現すことができるのです。
 弟子たちは、主イエスを信じる信仰と、その愛の戒めに生き続けることにによって、多くの実を結び、神の栄光を現すことができました。主イエスを信じ、その教えと交わりにしっかりとどまり、多くの実を結び、
神の栄光を現しましょう。
(祈りましょう)

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