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(2017-11-12の週報より)

「わたしは道、真理、いのちです」

  

主題=わたしは道・真理・いのちである。(ヨハネ14章)
 わたしは道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネ14章6b )
 
 イエスは、ここまで、さまざまな表現でご自分を語ってこられました。これらに共通していることは、父なる神との関係です。イエスは父なる神のもとに行く道です。イエスによって、神の真理を知り、神のいのちにあずかることができるのです。1


一、わたしは道である。(ヨハネ14章6b、)
 イエスは、十字架にかけられる時が近いことを悟り、弟子たちに最後のお話をなさいました。私たちは、
たびたび、心配で心を騒がすことがありますが、イエスご自身、十字架の死を間近に感じて『わたしの心は騒いでいる』言われました。(12章27節)私たちの弱さをよく知っていてくださるイエスが『神を信じ、
またわたしを信じなさい』と言われたのです。信仰をもって歩んでいく中で「自分は大丈夫だろうか」と思う時があります。その時もなおイエスを信じているなら、イエスは、私たちの信仰を守ってくださいます。
 イエスが『わたしは場所を備えに行く』と言われた時、弟子のトマスは、その意味を理解できませんでした。イエスは『わたしは道である』と答えられました。私たちの周りには「これこそ人間を幸せにする道だ』という宗教や教えがたくさんあります。「わけ登る麓の道は異なれど同じ高嶺の月を見るかな」などと言って、どんな宗教でも同じようなことを教えていると思っている人が大勢います。しかし、イエスは『わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません』と言われました。聖書は、神の国に入る道はイエス以外にないと教えているのです。


二、わたしは真理である。
 またイエスは『わたしは……真理である』と言われました。それを説明するように『あなたがたは、もしわたしを知っていたなら、父をも知っていたはずです。しかし、今や、あなたがたは父を知っており、また、
すでに父を見たのです』(7節)。と語られました。ここで強調されてることは、イエス神とが一体であることで、イエスを知っているならすでに神がわかり、神を見たのであるという事です。
 イエスが『わたしは真理である』と言われたのは、イエスは、神の真理を現し、また、神の真理そのものである。という事です。ヨハネは『この方は恵みとまことに満ちておられた』(1章14、17節)と強調しています。イエスは、神の真理に満ち、神の真理を残しておられます。私たちは、この方を通して神の真理を知ることができるのです。私たちは、聖書の学びとイエスとの交わりを通して、多くの真理を学ぶことができるのです。


三、わたしはいのちである。
 イエスは最後に『わたしはいのちである』と言われました。ここで『いのち』と言われているのは、ただ肉体的な生命のことではなく『永遠のいのち』のことです。イエスは『いのち』であって(1章4節)、彼を
信じる者には永遠のいのちが与えられる(3章16、36、4章14、6章68節)。永遠のいのちとは、いつまでも生き続けることではなく永遠者である神との生きた交わりに生きることです。イエスは、次のように言われました『その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたを遣わされた
イエス・キリストを知ることです』(17章3節)
 このように、イエスは神のいのちであって、イエス・キリスト信じてその交わりに生きるとき、神のいのちにあずかることができるのです。私たちは、そのいのちによって弱さと罪と死とに勝ち、力にあふれた生活をすることができるのです。キリストによって神と交わり、永遠のいのちにあづかり、神の御国に生きる
ことができるのです。
(祈りましょう)

 

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