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(2018-07-15の週報より)

「アンテオケの教会」

  

                     
キリストに属する者として神と人、そして教会に仕え、よい働きをする。
『弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった』(使徒11章26節)


聖書箇所 使徒11章19−30節
 
一、アンテオケ宣教の始まり(使徒11章19−21、)


 ステパノの殉教から起こった迫害によって散らされた主イエスの弟子たちは、みことばを宣べ伝えながら
巡り歩き、地中海北東のフエニキヤ、キプロス、そしてシリヤのアンテオケにまで進んでいきました。そしてアンテオケに来てからは、ギリシャ人、つまり異邦人にも福音を伝えるようになりました。ピリポがエチオピヤ人を導いたり、カイザリヤでペテロがコルネリオとその家族を導いたように、主は異邦人への福音宣教を、この町で進めておられたのです。


二、アンテオケ教会の成長(22−26、)


 アンテオケでは大勢の人が主イエスを信じ、最初の異邦人の教会が誕生しました。この知らせを聞いたエルサレムの教会は、新しい教会を応援するため、バルナバを派遣しました。バルナバはキプロス生まれのレビ人だったので、アンテオケの教会が誕生するきっかけとなった。キプロスやクレネ出身のユダヤ人信者たちと話し合うのにふさわしい人物だったのです。
 バルナバは、アンテオケに着いた時、神の恵みが豊かに注がれているのを見て喜び、主にとどまっている
ようにと、生まれたばかりの教会を励ましました。彼は大勢の人を主イエスに導き、さらにタルソにいるサウロを連れてきました。サウロは劇的な回心をしたものの、積極的に福音を語ることができない状況に置かれ、故郷でその時を待っていたようです。異邦人伝道に召されたサウロはこの働きに最任でした。
 よい指導者に恵まれたアンテオケの教会にはさらに信仰に導かれる人が増えていきました。町の人々は教会に注目し、主イエスに熱心な姿を見て、彼らを『キリスト者(クリスチャン)』と呼ぶようになりました。
この呼び名は「キリストばかり考えている人」という意味です。教会の人々がどれだけ主イエスを愛し、互いに愛し合っていたのかを想像することができます。


三、アンテオケ教会の貢献(27−30、)


 勢いを増して成長するアンテオケ教会とエルサレム教会の間には、よい協力関係が見られました。バルナバに続いて、預言者たちもアンテオケ教会にやってきました。その仲の一人でアガボという預言者が、世界中に大飢饉が起こると聖霊に導かれて預言しました。そのとおりになった時、アンテオケ教会の人々は、飢饉に苦しんでいるエルサレム教会のために、それぞれの、賜物や状況に応じて自発的にささげものをし、救援物資として送ることにきめました。そして、集まった物をバルナバとサウロの手によってエルサレムの長老たちに届けたのです。
 アンテオケ教会は、初めのころはエルサレムの教会から支援を受けました。今度は受ける教会からささげる教会、与える教会として主に用いられるようになったのです。
(祈りましょう。)
                        

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